orangeitems’s diary

クラウドで働くエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

海賊版サイト対策の法整備がなかなか決まらないワケ

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海賊版サイト対策に関する法整備が進まない件

海賊版サイトに対する法整備が進みません。

 

www.nikkei.com

「漫画村」などの海賊版サイト対策のため、ネット利用者のアクセスを強制的に絶つブロッキング(接続遮断)や、著作物を違法にダウンロードする対象を拡大しようという議論が相次いで頓挫した。知的財産戦略本部、文化庁の会議で法整備を模索したものの異論が噴き出し、今国会での法案提出には至らなかった。海賊版対策が必要という点は一致するのに意見の相違はどこにあるのか。有識者に問題の所在と解決への糸口を聞いた。

 

識者の意見については有料記事なので引用しないとしても、結果として現時点では何も法改正はされていません。また、だからと言って何も動かないわけではなく、また議論が再開されています。

この件、長期化の兆しがありますが、なぜこのような状況になっているのかを考察します。

 

なぜ、急がないのか

2018年は海賊版サイトの被害に関する危機感が日本全体で高まり、結果として「緊急避難的に」3つのサイトが政府に名指しされ糾弾されました。

 

www.orangeitems.com

 

実際はこのサイトブロッキングは実施されませんでした。

サイトブロッキングをインタネットプロバイダーが実施する前に、サイトが閉じてしまったためです。なぜサイトを閉じたかについては当然当事者たちが直接声明を出すわけではないので不明ですが、一説には広告が止められたためというのが有力です。この広告が引き上げられるまでには、いろいろな民間の活動があったと聞いています。

結局、法制度の変更は無くても、海賊版サイトを停止することに成功したのです。

全てを法で網羅して禁止すると、生活が窮屈になります。行き過ぎた校則のように。理想は法律で決めなくてもモラルを国民全体で保ち、社会悪は自律的に収束することだと思います。自浄作用という言葉もあります。法律に頼らなくても自浄できる力が、SNSとネットメディアに存在したということは、実はとても価値のあることだと思います。

結果として、「誰でも知っている海賊版サイト」は無くなりました。この利益を各出版社や著作権者は享受しています。ここで得た利益を通じて、民間でさらに海賊版サイトが出にくい自浄作用を作り出していくことが生産的な議論の進み方だと思います。また、本当に海賊版サイトがなくなったことで各出版社や著作権者が利益を享受できるようになったかの統計も重要でしょう。

このように自浄作用が正常に動いているにもかかわらず、それでも法律や規制団体を作ろうと考えている勢力は、これは別の目的があるのではないかと勘繰られても仕方ないと思います。自浄作用が働かず不正なビジネスが成立してしまうのであれば、積極的に法整備するべきだと思います。しかし、規制団体を作りそこに仕事ができ収益が生まれることが目的になってしまえば、手段と目的が逆になってしまいます。

むしろ、自浄作用がきちんと働いているか。働いておらず被害を受けた人の窓口をきちんと作り、インターネットメディアや著作権者が民間で判断し、自浄作用をシステムとして働かせていく。そういった民間の動きこそ有力ではないでしょうか。一足飛びに「法律」とすると、無関係な国民の動作まで違法とされかねないような窮屈なデジタル社会が構築されてしまう怖さを感じています。

先月発足したインターネットメディア協会には、フェイクニュースだけではなく、海賊版サイトのような社会的に不利益な動きへの批判も期待しています。法律にならなくても自浄作用を働かせることができるという表現をして頂きたいです。

 

www.orangeitems.com

 

未来の動き

振り上げた腕はなかなか下せないのか、まとまらない議論を先に進めようと「アクセス警告方式」の検討が、総務省の有識者検討会で進められています。

 

www.asahi.com

漫画などの海賊版サイトによる被害防止策を話し合う総務省の有識者検討会が19日、初会合を開き、議論を始めた。同省は検討事項として、事前にユーザーに同意を得た上でインターネット接続業者が閲覧先をチェックし、海賊版サイトにつながる場合に警告画面を表示させる「アクセス警告方式」を提示した。

 検討会は6月をめどに対策をとりまとめる予定だが、出席した有識者らからは「通信の秘密を侵害する」との懸念が相次ぎ、曲折がありそうだ。

 

ここまでの経緯の通り、一度民間でサイトを閉めるということが成功してしまっている以上、民間の自浄努力を促す方が理にかなっていて、なぜに立法化にこだわるのかという時点で「なかなか決まらないワケ」となってしまっていると思います。

議論の行く末を今後も見守りたいと思います。