orangeitems’s diary

クラウドで働くエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

娯楽は没入感が全て。作り手にケチをつける前に努力をしてみよう。

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娯楽は没入感が全て

小説にしろ、漫画にしろ、アニメ・映画・ゲーム・・いろいろと娯楽はあるのですが、最近は没入感が全てなんだと気が付いてきました。それぞれ時代とともに進化していますが何のための進化かといえば、没入感です。

没入感とは何かというと、「本人の五感に何らかの刺激を与えることで、現実ではない状況を現実と錯誤すること」だと思います。小説・漫画は視覚からです。アニメや映画は聴覚も加わりますね。ゲームはコントローラーを通じて触感が加わります。ここ最近ではVRが現れて、視力や聴力を現実から切り離しつつコントローラを通じて触覚まで再現しようとしていますね。

ゲームの進化だけ見てもわかるのですが、解像度はどんどん細かくなっています。そして3Dゲームが流行し、どんどん現実に近づこうとしているのがわかります。音も単音しかなかったものが今やオーケストラまで流せます。いろんな表現力は、すべてはプレーヤーがのめりこむためのものと言えます。没入感をいかに高めるかがその娯楽の価値となるのです。

 

綺麗になれば没入感が高まる・・わけではない

娯楽は視覚優先で進化してきたように思います。スマートフォンの解像度はもはや大変なことになっています。この前に出たファーウェイのMate Xは3,000x2,000らしいです。3Dもこなせるようになってきていますし、どんどん表現力が増していっています。ソニーのXperia1の最上位機種は、21:9というアスペクト比で、映画の横長い映像をほぼ忠実に全画面で再生できるとか。

ただ、この没入感。ハードウェアの表現力が増せば増すほど、作品の粗が見えやすくなってしまいます。この前始まったBS4K/8K放送もそうですが、作品そのものの内容は変わっていないのに細かく見えてしまうために、かえっていろんなものが見えすぎて気になってしまう可能性もあります。また、昔の映像作品を見ても感動できるものもありますから、人間は「よりリアルにすれば没入感が増す」という誤解をしがちだけれども、実はそうではない、ということを理解する必要があろうと思います。

ドット絵のゲーム、例えばStardew Valleyや、Undertaleが人気を博したり、スクエニがOCTOPATH TRAVELERを出したりと、最近は見直しもされていると思います。3Dにすれば没入感が上がるわけではない。私は3Dのゲームは今一つ目が疲れたり、対象の存在を身近に感じなかったりで、没入感を感じることなく離れてしまうこともしばしばです。ドラクエ11が、3Dポリゴンとドット絵の2つの見え方でゲームをリリースしたのもそういうことだと思います。

 

没入感を感じるためには工夫が必要ではないか

一番没入感を感じられるメディアは何かというと、実は「現実」です。現実ほど現実的なものはありませんし、そこで楽しいことや驚くことが起きればもちろん本気になります。しかし、現実はそこまで楽しいことが次々イベントインするほどよくできてはなくて、日常はルーティーンな仕事に埋め尽くされています。もちろん、今ドラマティックなことが起きている方は幸せですし、毎日が楽しいことでしょう。

そうはいかないので、娯楽を楽しむわけです。

ただ、大人になると何となく娯楽に冷めてしまいます。作品の細かい部分を気になったり、忙しくて続きを見ないうちにどうでもよくなるケースもあります。いろいろな現実を知るに連れファンタジーに頭を切り替えるのが難しくなってきたというのもあります。また、ファンタジーの主人公は総じて少年少女なので年齢が離れすぎて感情移入しずらいというのもあるかもしれません。

などといろいろ言っていると、どんどん没入感を感じにくくなり人生が貧しくなってしまいそうです。いろいろと作品にケチをつける前に、もっと自分でできることがあるように思うのです。この作品の作者は・・と言ったとたんに作者が作る世界観に没入できなくなります。楽しむということの逆のことを自然にするようになってしまっているのではないでしょうか。

また、例えば野球観戦が幅広い年代に根強い人気があることの裏返しとして、自身が子供時代に野球をやっていた人口がかなり多いことも関係していると思います。また、母親も子供の付き添いなどで自分の子供のプレーを応援することもよく見受けられ、女性も野球ファンが多いことも注目できます。一方で野球に全く興味のない人もおり、人によって同じ作品を見ても没入感があったり、無かったりすることを考えると、作品ばかりではなく、受け手の問題も相当にあるのではないかと思うのです。

もっと没入感を感じられるようになれば、様々な作品が楽しくなるようになり、人生が豊かになるのかもしれないと思うようになりました。

 

没入感を高めるために

いろいろな工夫を考えてみました。

 

マンガの単行本

マンガの単行本は、新刊が出るタイミングは3か月から長いもので半年~1年あります。昨日、BLUE GIANT SUPREMEの新刊(7巻)あさひなぐの新刊(29巻)を続けて読んだのですが、前巻のことをかなり忘れてます。忘れてると没入感半減です。

新刊を読む前に、前の巻をできるだけ読み直した方が良さそうです。かなり面白かった記憶だったのですが、あれ、誰だっけこの人、となってしまいました。

 

ストリーミングの音楽

チャンネルや、ランキングをストリーミングで聴くのは楽ですが、没入感半減です。というのは、昔はCDを買ったり、ツタヤで借りたりして、カセットテープやMDに取り込んでは一生懸命聴き込んだものです。iPodの登場でたくさんの音楽を持ち歩けるようになり、そこから進んでストリーミングの世界になったわけですが、何千万曲という選択肢があるだけに、聴き込むことをしなくなりがちです。

いいアーティストにあったら、せめてアルバム単位でヘビロテしたほうが楽しめると思います。ストリーミング=流し聴き、だとすると音楽の楽しさは半減なのかもしれません。

 

映画

私はあんまり映画を見ないんですが、21世紀の今でも映画が人気なのは、インターネットと切り離されて数時間真っ暗な部屋でゆっくりできるからなのかもしれませんね。

私はスマホの通知が気になってなかなか映画館に行けないのですが・・。早送りもできないCMもない。そんな映画は娯楽の殿堂かもしれません。

 

ゲーム

多分に、毎日続けることが大事なんだと思います。

小学生のころなら、何時間でもできたんですが。

最近のゲーム、画面の情報量が多すぎて、没入する前に疲れちゃうなあ。

私がこれまで一番没入できたゲームは、Final Fantasy Tactics獅子戦争でした。でもスマホでやる気はしないかなあ。Play Stationでもやったし、PSPでもやりました。PSP版のリマスターは素敵でした。

あとオンラインゲームは、FF11がとてもよかったのですが、もうあんな時間は取れないなあ・・。

最近のゲームは、ユーザーに親切過ぎて、没入する前にめんどくさくなっちゃう傾向にあるなあ。昔であればWizardryとかザナドゥやらウルティマやら、ゲーム序盤から放置されたものですが。

最近は、ソシャゲをやろうかと思っています。

 

小説

小説って、当たりはずれがあって、どうもハズレを引くのが怖くなっている感があります。特に没入できないと途中で気が付いても、とりあえず最後まで読まなければいけないと覚悟した時の感じが嫌で、なかなか手に取るのがおっくうになっています。

でも、面白いものは、相当に面白いので今一度挑戦したいなあと思っています。

最後に読んだのが、古典部シリーズのいまさら翼といわれても。もともとこのシリーズが好きすぎるのですが、全然次巻が出ないったりゃありゃしない。

とりあえず覚悟を決めていっぱい面白そうなものに手を出してみる勇気が必要。

 

VR

VRはですね、発展途上であって、最近で言えばマイクロソフトが、「ホロレンズ2」という商品を発表してざわついています。今のVRのマズいところは、体験している人が不自由過ぎることです。拡張現実どころか、限定現実です。解像度も低いので「どうせこれはVRの世界だろ」と脳がダウングレードしてしまうのです。初めて体験したときは「すごいな」と思ったものですが、ハードウェアの性能が追い付いていないせいかソフトウェアも成長が止まっている状況です。これをホロレンズ2が払拭してくれそうな雰囲気になっています。

ただ、ホロレンズ2も40万近くしそうだし、ソフトウェアがそろうのもまだまだ先っぽいので、どちらかと言えば手持ちのOculus Riftで、もうちょっと楽しむ方法を考えようと思っています。

多分に、VRで没入感を感じるためには、かぶってからしばらく時間をおかないといけないのではないかと思っています。脳が慣れるのを待つ前にすぐ外してしまうので冷めてしまうのでは・・と。

 

まとめ

ということで、これだけ娯楽作品が世の中にあふれていて、簡単に楽しめるようになっている21世紀において、作品にケチつけているのはもったいない姿勢であると言えます。

まずは自分の没入感を高めるためには何をすればいいか、例えば、まとまった時間を取って、スマホの電源を落として、静かにしてから時間を区切って楽しんでみるのもよいかもしれませんね。いろいろと追及したら人生がぐっと明るくなるかもしれません。