orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

ニュースを知る人が、高い価値の仕事を生み出せる理由

 

ここ最近、何回か経験したことに、「え?あのニュース知らないの?」という瞬間だ。芸能ニュースなどではなく、IT関連で起きたあの事件、みたいな話だ。

まぁ百歩譲って、IT以外ならしょうがないけど、IT業界で働いているんだったらそれぐらい習慣として自然と情報が入ってくるようにした方がいいんじゃないかな、って思うんだけど。違うのかな。

私は何で、人よりニュースを仕入れているんだろう。とりあえず社会の大きな出来事はYahoo!ニュースで見ている。トップニュースに上がったものだけしかカバーしていないけど、暇なら下のリコメンドニュースも読む。

あとは、Google Discovery、今はiPhoneのChromeを開くと、空白ページにおすすめニュースがどんどん上がってくるからそれを読む。

また、ITmedia、ZDnet、クラウド WatchやPC Watchくらいかな。ブログのネタ探しにはてなブックマークを見たり、Twitterのタイムラインを見たり。それぐらいか。あとは、日経ぐらいかな、経済ニュースの流行が欲しくて。

このブログに毎日2本書くために、潜在意識的に情報を探しているというのはあるけど、感じ始めたのは最近だ。「何でそんなこと知ってるの」と言われることが多くなった。しかも複数の人に。ただ能動的にやっていることではなく、呼吸をするように情報を仕入れているのが、どこかで突き抜けたのかもしれない。

知る、という概念も少し解像度を上げる必要があって、その知ったことを言語化できる、というところまでセットで能力が伸びたのかもしれないと思った。ブログを書いて書いての日々だが、理解するだけでは記事にならない。説明できないとダメで、情報を脳に取り入れながら半自動的に説明文まで仕上げているような気もする。

もしくは、説明できないようなニュースは、フィルタリングして聞かなかったことにして、情報処理量を節約していることもやっている。だって、説明できないようなニュース、ニュースの出し手に問題があるでしょ?。たまにそういうニュースがある。全然、起きている事に対する原因・結果を述べていない。それなら、聴くだけ無駄だという話。人にもできない。

推測だけど、情報のインプット量や情報ソースは実は似通っているけれど、それをどう取り入れるかというところで差がついている結果なのかもしれない。ニュースを知らない、と思う人は実は、知らないんじゃなくて理解していないだけ、という話。耳の鼓膜は震えているけど、脳まで届いていない、ということ。

それなら、このニュースサイトがいいとか言っても、改善はしない。

そう考えるともしかしたら私がニュースを読めるようになったのは最近で、だからこそ違和感を感じるようになったという見方もアリだ。

「Google検索くらいしたらどうだ」という指摘に、「したんですけどわかりませんでした」という返しが付く現象は有名だ。いくらGoogle検索が正しい結果を返しても、それを受け取る力がなければ、せっかくの情報も馬に念仏となる。

これと同じことが、きっとAIでも起こりだす。AIが言うことが理解できない人は、どんなにAIが答えをくれたって受け取れない。

ニュースをたくさん受け取れるようになったことで、モノの価値が日々揺れ動いていることが体感でき、同じようなニュースでも時期によって世の中の反応が全然違うのも感じている。その中で、自分の中の仕事やブログが世の中でどうより価値が高くなるかを考えているので、やっぱりニュースを知ることは勉強そのものだ。

価値の高いことをすればいい、というのは短絡的な結論だと思う。価値が揺れ動くのだから、価値をよく観察しないといけない。その様子に対してリズムよく価値が上がるタイミングでアウトプットを繰り出す。この感覚が、価値観が激動する世の中でとても重要になっていると思う。