orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

女性蔑視発言が出る背景を考えてみた

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森会長の女性蔑視発言、みたいな旬でありかつ繊細な話題をしたいと思うのですけれども、あの立場にある人が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という発言をするのはもうわきが甘いというしかないと思います。だって、リーダーとは理念、ビジョンと言った上流の部分を握っている立場ですから、それと反することを平気で言うのはもう、不適であるとしか言いようがないです。オリンピックの理念に賛同し協力する全ての人が不快に思って当然。私が子供の時に、偉い人は当たり前のことしか言わないなあ、なんて思ったものですがこれは当たり前で、当たり前のことを言い続ける人がリーダーであることが組織にとっては重要です。

さて、一方で、女性の話は長い問題です。男性社会と女性社会の話の組み立て方については、これは1ミリも差がない、というのはあり得ないのではないでしょうか。学校時代から、男性と女性はなんとなくグループが分かれ途中で独自の文化を形成していったように感じています。しかも男子校、女子校なんていうカテゴライズまで今でもあるし、教育的に体育は別々でみたいなことも行われています。部活によっては女性しかいないとか、男性しかいないとか。スポーツにも男性ばっかりやるものもあるでしょう。どうしても区別が発生する中で、男性社会、女性社会というものがパラレルに存在するのですが、その二つの社会で、コミュニケーションの持つ意味がかなり変わっているなという印象を持ったことが過去何回かあります。

私は高校が男子校で寮生活、大学は逆に女性8割の心理学科で、感じたことがあります。女性のコミュニケーションは、共感を大事にすること。話の結論より、話をすること自体に目的を置いているので、ああして、こうして、しかもこんなことがあって・・、というようなストーリーテラー的な話し方を好むのではないかと感じました。

一方、男性においては、これは社会人になりIT業界、特にインフラ系という男性社会にいて感じることは、結論をまずいうこと。そして理由を話し、そこから必要ならば経緯を話す、という報告型の会話を好むという点です。ビジネスにおいては生産性を重要視するので、話したいというパッションより、内容の伝達を目的とするコミュニケーションが好まれるのではないか、という仮説を持っています。

これを、女性型、男性型、何て言うと差別が発生します。むしろこの男性が好むようなコミュニケーションを女性が後天的に理解し実施することも、もちろんできます。逆に、男性でもストーリーテラー型の話をすることもできます。

これは、男性社会/女性社会がこれまで培ってきた文化であり、その両方の特性を理解しつつ、どちらでも対応できる人間性、ヒューマンスキルこそが今の時代に求められていると思います。どちらがどちらを否定しても話は始まらない、のです。

一方で、女性が好むコミュニケーションスタイルに、男性も合わせなさい、というのも暴力です。女性は、男性社会の求めるコミュニケーションをつかみ「女性だが端的な報告ができる」ということを身に着ける必要があります。学生の時に属していた女性社会的な秩序とはまた違うので、これは男性と比べると新しい学びは必要に思います。

ほとんどの企業が今でも、経営幹部は男性ばかりです。なぜそうなのかというと、この男性ばかりの方が、不文律を理解しているので楽だからです。でも、それを口に出して言うと女性蔑視になります。だから言わない。でもやっていることは男性ばかりで集めたがる。結局、女性蔑視発言をしなくても、実際の組織構成を見ていると、言っているようなものだと私は思います。それを、今回、森会長は本音を漏らしてしまった、というわきの甘さだと理解しています。

私は男性と女性の間に能力の差があるとは決して思いません。でも、文化的な違いが根底にあり、そこを乗り越えることを面倒に思う男性側がまず、原因にあると思います。また、女性側も乗り越えるために必要なことを学ぶべきだと思います。そうやってお互いが歩み寄ることで、はじめて男女が同様に活躍できる社会が生まれてくるだろうと思います。

とは言え、男女共同参画社会なんて、もう何十年もある課題なのに、さっぱり日本は進みませんね。私も社会人になってこんなにひどい状態だと言うことを知りました。今回の問題を機に変わってくると良いのですが。