orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

インフラの話をすると黙り込み面倒な顔をするエンドユーザーの仕組み

 

エンドユーザーがシステムを発注する際の動機は「システムを使いたい」しかないと思うんだよね。

 

 

でもシステム構築の一部始終を見た人ならわかるけど、システム単独で動くことはない。

・アプリケーション
・ミドルウェア
・OS
・仮想基盤
・ハードウェア
・ネットワーク
・データセンター
・監視
・バックアップ
・運用体制

システムが動くまでは上記のような要素が一部、もしくは全部組み合わさっていて、どこかに考慮漏れがあると正直に動かなくなるという厄介な性質がある。

エンドユーザーが興味を持つ場所は以下の通りだ。

・アプリケーションの機能
・アプリケーションの使い勝手(インターフェース・反応速度)
・アプリケーションの可用性(障害を未然に防ぐ機構、メンテナンス頻度)
・アプリケーションのセキュリティー
・かかる費用

そう、アプリケーションにしか興味がない。実際はたくさんの要素があるのに。

そして、エンドユーザーが興味を持つ上記の要素は、たくさんのアプリケーション以外の要素、業界では「非機能要件」と呼ばれる領域で実装されている。しかしここに興味があるユーザーは少数派だ。

仕事柄、エンドユーザーに非機能要件を説明する機会は多いが、たいてい無関心である。「専門家ではないので、お任せします」が9割である。残り1割は、インフラエンジニアのキャリアを少し積んだことがある人が興味本位でいろいろ質問してくるパターンだ。ある意味、ここで質問ができるエンドユーザーの担当者がいたほうがほっとする。本番運用フェーズに入ってから、何か相談事ができたときに会話が成り立つからである。

インフラエンジニアとしては、エンドユーザーに、どうやって非機能要件の中で責任を果たしているか工夫があるかをしっかり納得してもらい、先に進めたい。もし設計に問題があったとしても、一緒に合意したよね?、と言いたい。だが相手もインフラの専門家ではないので、言質を求められても困るよ・・の意図で「専門家に任せる」の言葉が出てくるんだろうなといつも思ってる。

毎回このやりとりをするたびに、エンドユーザーも大変だな、と思っていた。だって、使いたいのはシステムであって、それ以外は知らんよというお気持ちも十分にわかる。例えば家が欲しい時に、家の水道管の種類が何でどんな工夫があるかまでは興味がないのはわかる。

SaaSという利用形態が拡大している。私の会社のシステムも随分SaaSを使うようになった。過去は、全部データセンターにハードウェアを入れ、全部情報システム部門が構築していたものだ。そこで、非機能要件部分のトラブル、例えばハードウェアの問題、バックアップの問題、ネットワークの問題、そしてOSやミドルウェアの問題に泣かされ、それが一人の担当者に重くのしかかるという現状があった。SaaSにすると何がいいかって、何か問題があっても「問題があったようです。ベンダーが対応中ですお待ちください。」一言でトラブル対応が終わってしまうこと。

もちろん、SaaSの中においても非機能要件は残りなくなってしまうわけではない。ただ、エンドユーザーはサービスを使いたいだけであり、興味はないのだ。利用だけに割り切れるSaaSは、エンドユーザーにとって願ったりかなったりだろうな、と思う。

IaaSやPaaSは、データセンターや物理層に近い部分のインフラエンジニアの仕事を奪うけど、OSやソフトウェア部分についてはむしろ利用が伸び、現在「クラウドエンジニア」と言われる人々の仕事の中心になった。SaaSになると、そこまで侵食していく。今後も伸びて然るべき、だ。

ただ、繰り返し言うが、SaaSの中にも非機能要件は残るので、今度はSaaSの運用サイドでインフラエンジニアが暗躍しなければいけなくなるし、利用開始時に非機能要件部分について情報開示することも求められるようになるだろう。そのシステムが重要であればあるほど、ベンダー任せで何の確認も無く契約、が難しくなる。

また、SaaSは個別ユーザーへのカスタマイズを基本受け付けず、要望を吸い上げてバージョンアップにて対応する。だからSaaS側の仕様に業務を合わせるエンドユーザーの努力も併せて必要になる。非機能要件を考えたくない、利用だけ考えたい、だからSaaS、と言ったときに本当に自社の業務とフィットするか。かえって社内が混乱しないか、で揉めるパターンは多い。

時間の経過でどんなに状況が変わっても、インフラエンジニアがシステムをめぐってどこかで暗躍する姿はなかなか変わらないな、と思う夏休みのひとときである。