orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

いらんことすなデジタル化

 

電話をね、うまく使って、何らかの条件に達した時に自動的に電話をコールして、それで状況を伝えるみたいなプロセスがあったんです。職場に。

これ自体はすごくデジタル化ならではだと思うんです。何らかの条件を検出するのもデジタル、電話をコールするのもAPIを使って、そこで自動音声をしゃべらせるのですがこれもデジタル。

電話を取る人は人間なので、人間に伝わるまでほぼデジタル。もし人で対応しようとしたら、その「何らかの条件」を人間が24時間監視してないといけないですよね。で、いざ達したとしてちゃんと、対応する連絡先に、内容を伝えられるかどうか。その辺も含めてデジタル化すると、人手が要らなくなるし伝える内容も一定していい感じです。

ところが。

デジタル化ってすごいな、なんてここで思ってることが氾濫していると私は感じています。だって、そもそも何で電話を使うんでしょうか。今ではメッセージングツールなんてたくさんあるのに、なぜそこで、レガシーな電話を使うんでしょう。電話は人と人とが話す道具であって、そこで自動音声っておかしくないですか。通知を受け取りたいのであれば、電話ではない手段を発想するべきです。

それを、今ある手順を疑わない。アナログな方法をそのままデジタル化しようとするから、いらんことすなデジタル化、が横行するわけです。その手順、目的を達するために本当に最適なのか。デジタル化するのになぜ、デジタルが無かった時と同じ方法を採るのか。また、現実をもう一度見つめ直しその手順が本当に今必要とされているかも確認したのか。

デジタル化自体がエンターテイメントとして成立している感もあり、またその周辺の技術についての専門家もたくさんいる。したがって「本当に必要か?」という視点無しに、「必要ったら必要」「お金を頂けるので精一杯やる」という思考にたくさんの人が取り込まれてしまうのである。

お金があればなんでもできる、の悪い面である。そもそもやらなくていいんじゃないの、を突き詰めると、やるべきことにお金を振り向けることもできるようになるし、最終的に使う人も大喜びである。

最近のデジタルツールが複雑化していることの要因でもある。共創の名のもとに、顧客が差し出してきたビジネスプロセスをそのままデジタル化してしまうのだ。結果、どうなったか。複雑で摩訶不思議なタッチパネルによる自動券売機や、アプリとWebブラウザを往復するようなわけのわからないスマホソリューション、1つのことをするのに、電話やチャット、アプリを往復しなければいけないような事務手続き。どうなってるんだと言わんばかりのデジタルの氾濫、そして利便性は向上していない始末である。

それなら、元からデジタル化すらしない方がよかったんじゃない?、今はとりあえず使うとして、数年後に保守が切れそうになったらどうするの?。ということである。アナログの方法なら保守期限はないが、デジタルだと永久に使えるわけじゃない。

そろそろ、本来のユーザー目線でのフローや、デジタルの意義みたいなことを、携わる人が考えて行った方がいい。かつ、同じ種類のアプリなのに、会社に寄って全然オペレーションが違ったりして、ユーザーとしてはもう付いていけないところまできている。業界全体で標準化するなどして、よりよいデジタル化、そしていらんことはしない。そうしてほしいものだ。