orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

レビューばっかり担当してふと思ったこと

 

最近色々な問い合わせが回ってくる。

「これで大丈夫ですか?」

「選択肢がいくつかあるのですがどれを選べばいいですか?」

「ここが不確かなので見て欲しい」

もちろん気軽に、こういったレビュー依頼は受けるのだけど、中にはちょっとした違和感を持つ内容もあるにはある。

え、この内容なら、レビューする必要なく今までの実績に基づいて手を動かせばいいだけじゃない?。

そんなイージーな内容までレビューしてもらいたくなるのは、どんな心理だろうか。中身を真の意味で理解していないから、という可能性もあるが、それなら今まで実施してきた手順もそうなるではないか。

ちょっと考えてみたが、もう1つの可能性も感じた。

「私と絡みたいから」

まあ、これもあるんだろうな・・なんて思った。今まではそんなこと、ヒトカケラも思ったことはなかったけど、いろんな可能性の中で一番しっくりきた。

結構、現場もメンバーが成長してだいぶん自立した。いろんなことを自律的に対応し、私の判断抜きでどんどん進めてくれるようになってきた。数年前にこのブログで色々悩んでいることを書いた気がするがその悩みの介もあってかなり、たくさんの人々が前向きに助けてくれるようになった。

タスクやその役割が明確化され、チームが独立し、私は高度な仕事に集中しやすくなった。完全ではないけれど、完全などそもそもない。日々完成度を高めていくのが仕事だから、もう随分素晴らしい職場の形が見られるようになった。

だからこそ、私に確認させるレビューの回数が頻度としては少なくなる。その状況の中、私との接点を増やして成長の足がかりをつかみたい、というメンバーが出てきても不思議ではないように感じた。

 

このような状況で「忙しいからこんな簡単なことでレビューに呼ぶんじゃない」なんてことを言うのは絶対に良くない。むしろ声をかけてくれてありがとう、気軽に声かけてね、という態度を見せないと、将来の成長の後今度は切り捨てられるかもしれない。

私も彼らにできることはどんどんやってあげて、彼らをもっと成長させようと思う反面、「大丈夫よくできてるよ、自身持ってやってね」と、いい意味で突き放すことも忘れずに。このようなケースでは独力で判断しても大丈夫という太鼓判を与えることで、きっと私が技術的な指導をしなくたって彼らは、精神的な意味で成長していくのだろう。

人の教育って面白いよね。やるべきこと、成すべきこと、覚えるべきことを全て言語化して言葉にして言って聞かせる、ということ以上にやるべきことがある。彼らに役割を与え、自分たちで悩みながら仕事の仕方自体を考えさせ、そして主導権を与えきる。困ったら手厚くフォローしながら、できることをメンバーごとに拡張させチームを形成させ、支援すること。

何が欲しいかは彼らが教えてくれるので、それを与えるだけでいい。何を与えるかを悩む必要などゼロ。私は彼らが育つ間、自分しかできないことを追求すればいいだけだ。

だから今回、レビュー依頼が多い間にすべきこと。

「いいよ、よくできてるよ」

「自身持ってやってね」

「大丈夫」

これで機能するというんだから、人の成長は面白い。