orangeitems’s diary

クラウド専任40代後半のインフラエンジニア。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。1日2記事投稿しています(0:00、12:00)。

自分にとってマイナスなことは言わない

 

何を思って言葉にするのも自由だけれど、何を言ったっていいというのは間違いだ。我々は言う言葉を選ぶことができる。選べるのなら、良いものを選んでいきたい。

後ろ向きな言葉は確実にある。もし後ろ向きなことを思ったとして、それを誰かに言うも言わないも自分次第。そこで**自由**に後ろ向きなことを誰かに言ったとしたら、それは自分自身は一瞬、スッキリするかもしれない。

しかし、その後ろ向きな言葉を投げかけられた方が気持ちいいわけがない。いやいや、そんなことないよ、なんて励ましたりするけれど、できれば言わないで欲しい。周りに負担をかけてもいいことはない。自分が自分を下げる言葉を言うと、自分もなお傷つく。だって自分だって聞いてるから。そして他人もそれを聴く。みんないいことない。

思うことはなんだって自由だ。しかし、発言することと、そして行動することは、外に見える。誰かが見ている。それらは選択するものであり、選択しないこともできる。

外に出すものは何だって前向きに変換して発言する。行動も前向き。そうしていると、周りの人からは「いつでも前向きな人だ」と捉えられるだろう。しかし違うのだ。心の中ではいろんな感情が渦巻き、整理されていないこともある。怒りや不安、憎しみなどマイナスの感情だって同居している。しかしそれらを外に出すかどうかは、コントロールしないといけない。一般的には道徳を守ること。そして自分の中の価値観をより安定させそれに従うこと。

たいていの行動は、知らず知らず、あるべき自分に合わせて行っている。だが、たまにしくじる。失敗することもある。うまく行かないこともある。人生は全てがうまくいくことはないので、つまづいて当たり前。

つまづいたときに、それを取り上げて、自分を下げるような発言を外にしてしまうのは、これは正しい行動とは思えない。言葉にした瞬間に、それは自分にバイアスをかけてしまう。私は良くない、ダメだ、なんて言おうものなら、それを自分が本気で思っているのと同等になってしまう。

いや、本当に思っているから、言ってもいいでしょ、と思う方もいるだろう。そうじゃない。選択権を持っている自分だからこそ、そこで食い止めなければいけない。ありたい結果じゃなかったとして、それは心の中で留めて、そして前向きなことを言葉にしていく。もし前向きになれなかったら、時間を置けばいい。自分を待つ。十分な時間が過ぎればやがて人間にはエネルギーが復活するものだ。復活するまでは、ゆっくりのんびり過ごせばいい。口から、マイナスな言葉が出てくるようなら、まだ時間が足りない。大丈夫。時間は何もしなくても色々なことを解決してくれる。未来のその時にまた、前向きにがんばることができるようになっている。

今日も、私は前向きに見えていることだろう。そう選択しているから。選択することは自由なのだからこそ、選択的に言動・行動を整えていくことが、大きな成功へ通じる道である。