orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。1日2記事投稿しています(0:00、12:00)。

社内勉強会は続かないと思う理由と改善策

 

IT業界にいると、勉強会という名前の催しはよく聴くのだけど、あの取り組みが定着したことを聴いた試しがない。

なぜ勉強会が続かないかわかるだろうか。目的があいまいだからである。

勉強のために参加者が集まるというのは明確だ。じゃあ、どうやって勉強する?。勉強とは基本的には一人でできることだ。なぜ集まるかと言うと、一人ではできない範囲が明確にあるからだ。じゃなきゃ子供が学校で授業を受ける意味はないだろう。一人で全部できるならあの長い長い時間、自習させとけばいい。私自身は学生時代、授業不要論を思っていた。だって教科書に全部書いてあるじゃない。先生は教科書を読んでいるだけでしょ。教科書の内容を黒板にまとめて何か付加価値はあるのかと思ってた。最近は動画の授業を1.5倍だか2倍だかで再生することが普通みたいだが、あの授業形式のかったるさは、私はもう人生で不要だと思っている。

さて、そして、勉強会である。なぜ集まるのか。それは「何を勉強したら効果的なのか、他人から教えてもらうと気づきやすいから」だと思う。わかっている人がわかっている姿を見ると、「あ、自分はわかってないし、わかっていないと困るんだ」っていうことを感じることができる。勉強会に参加することで、そうやって知的欲求を感じ、そして自分で勉強しようというモチベーションを得るのである。

だからこそ、勉強会という場に置いて、教科書を頭から読んでいくなんて無駄な時間の使い方はない。そんなの一人でやればいい。勉強会の中にその分野をわかっている人がいないのなら「集まって勉強会をやっている我々すごい」という意味以外は生まれない。そんな意味は長続きしない。「あれって意味ある?」という気づきに誰も勝てないからだ。そうやっているうちに、勉強会の次回開催が業務の忙しさに負けていく。意味のないことは誰もやりたくない。

また、勉強会の運営がだいたい参加者の持ち回りで講師をやるところも、失敗の要因となりやすい。「わかっていない人」が無理やりプレゼンを作って参加者に授業することほど醜いものはない。わかっていない人がわかっていないことを複数の参加者が確認するイベントの意味は何だろうか。わかっている人から指摘されまくる、もしくは誤解だけ広まる、会場の誰もわからないという白け、どこを取っても地獄の結果となる。数回そういうことが起きたら勉強会は終わる。

つまり、勉強会ではなく以下の形式である必要がある。

・明らかにわかっている人を講師におく。
・聴講者はわかっていない人である。
・わかりやすさを重視する。
・事細かには説明せず、インデックス(目次)について話す。
・わかると何がお得なのかを伝える。

講師はあくまでも講師で、生徒はあくまでも生徒でなくてはいけない。そして、教科書を頭から読んでいくのは愚の骨頂で、「まとめ」を重視する。1時間なら1時間で、全部を説明しきる。粒度は荒くても構わない。

もし解像度を高めたいと生徒が思えば、あとは自分で勉強すればいいのである。こんな分野があるんだという気づきだけでいい。

IT業界だけ見てみても、歴史も長く基礎も広いので、初学者こそ何から手を付けていいかわからないだろう。だからこそ、有識者がインデックスを提示し、どんな分野を知ると何ができるようになるのかを伝える必要がある。

これこそが、勉強のために集まる意味であり、単に勉強したい人だけが集まって授業の真似事をやっても、勉強会という形式が効果的ではないことを勉強するだけにとどまるのがオチである。そしてどんどん参加者が脱落していき、結果「うちの社員は誰もやる気がない」みたいなことになるから気をつけたほうがいい、勉強会という形式には。

やるならば、ちゃんと有識者を講師に置くこと。そして何を伝えるかを明確にしたうえで細部まで触れない。学習やその定着は参加者の責任とし、テストのようなことをするのは意味がない。参加するだけで価値があるような催しにしていくことが重要である。