orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。1日2記事投稿しています(0:00、12:00)。

専門家と言われる人の表現で気になること

 

たまに、専門家の人が大事そうなことを話しているが、とても表現方法が難しくて意味がわからないことがある。

意味がわからないのは不勉強だ、という見方がある一方で、例えばSNSのような一般の人の目に触れるような場所においては、一般の人にできるだけわかりやすく書いたほうがいいんじゃないか。だって、一般の人に読まれることを前提としているのだもの。

それって、わざと難読化することによって専門性をアピールするとともに、専門性の高さを鎧とし突っ込まれにくくするテクニックなのか、とも思ってしまう。

だからこそ、最近はネットにおいて、専門家でもないのに専門性の高い分野において「一般人に翻訳してわかりやすく説明することを商売とする人」が増えている。専門性の高い人が用語を振り回して一般人を寄せ付けないことを逆手にとって、むしろ専門家よりも優れているのではないかと誤認させるような態度も取っているように見受けられる。視聴者もわかりやすいものだから、〜たとえ間違っていても〜簡単に信じてしまう。やたら美味しい毒のようなものである。専門家もその誤りを糾弾しようとするのだが、相変わらず専門用語を振り回して表現も難しいものだから、一般の人に支持されないという悪循環である。

この傾向は、さらに「マンガでもわかる○○」や「動画による素人解説」を氾濫させている。それらが正しいのならいいが、中には間違いも含まれている。含まれているが一般の人にはそのわかりやすさ上に、間違っているかどうかわからない。専門家もあまりに見過ごせない場合は異を唱える方もいらっしゃるが、この反論内容が相変わらず一般の人にわかりにくいと、支持を得られない。

専門家は素人解説が氾濫する状況について、大いに反省しなければいけないところはある。わかりやすい発信方法について皆、学ばなければいけない。学問と学閥に閉じこもり、言葉遊びをしていて自己満足を作り上げても、表通りでは素人専門家風インフルエンサーが間違っていることをバズらせているのである。

人にわかりやすく伝えることそのものも技術なため、その技術をおろそかにして自らの専門性ばかり追求した結果なのかもしれないな、とも思う。例えば情報技術をいくら極めたって「ユーザーにわかりやすい説明の仕方や文書の書き方」みたいな話は出てこない。それはヒューマンスキルとも言われる分野だが、これが伴っていないと専門性が一般の人に正しく伝わらず、今やフェイク専門家が闊歩するというのは皮肉な話ではないか。

そもそも、高い専門性がマンガで伝わるのか。平易な言葉で表現できるのか。その質問をした時点で一般の人々と壁を作っているのと同義だ。自分や専門家しかわからない表現など、暗号と同じだ。その暗号を読めない人が悪い、という態度こそ社会に悪影響をもたらす。

 

本当の専門家が、正しいことを発信し、そして一般の人々が広く理解できる社会に近づいてほしいと切に願う。