orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

マイノリティーの戦い方はそれじゃない

 

女子アナの立場で言うことではないかな、と思った。

 

news.yahoo.co.jp

 

女子アナの意義、私はこう思う。

何の経験もなくいきなり20代前半で、毎日テレビに出られる。数年で莫大な知名度を得られる仕事。

そして5年~10年くらいしたら、その知名度を持って「女子アナ」からは引退。知名度は一生残るのでそこからどんなビジネスをしても、一般人では難しい注目を浴びることができる。その知名度をあてにするビジネスパートナーも事欠かない。

なぜ「女子アナ」が20歳代に限定された仕事になっているかというと、若さや見た目も競争の要素になっているから、だ。座れる椅子の数は決まっていて、そこに競争原理が働くから自然なもののように思う。

そこで、いや、なぜ若さや見た目がなぜ優先されるのか、と女子アナ自身が言うのは不思議だ。その物差しで争う市場を選び戦い、勝ち抜いた方がなぜそれを言うのか。十分知名度を有し、Yahoo!ニュースのトップ記事まで書けるじゃないか。

普通に生きてたら、そうはならない。

職業選択は自由だ。

技術の高さを定年まで高め、それによって社会の中で地位を上げていく職業観は、むしろ昔の時代、終身雇用のような古めかしい感じに映る。一方、どうやって知名度を上げ、信頼感を増し仕事を取るかというのは、今やビジネスの基本となっている。いくら技術を磨いたって、仕事が取れなければ意味はない。知名度は仕事が採れるかどうかにおいて、かなりのパラメータとなる。

その「女子アナ」に期待されるパーソナリティーと、自分のアイデンティティーの間に葛藤が起こったところで、だから女子アナがおかしいとはならない。それは、純粋に知名度を上げる戦略を行使している別の女子アナはどうなるのだろう。職業選択として、女子アナを選択したことがミスだったのだ。

世の中は競争をしていて、法律でやってはいけないことは厳格に整備されているけれども、それを守る限りは手段は自由が保障されている。20代女性が、メディアにどの世代よりも出やすく、人気も出やすく、知名度も取りやすい。この状況を変えようという運動こそ、自然現象を否定する活動のようなもので、生産的なように思えない。放っておけばよいではないか。

その活動に入らないで、かつどこかで知名度を上げて、能力で仕事を採って活躍したいのであれば、そういうビジネス領域を実現している企業に参加したり、もしくは自ら起業しなければいけない。自身の信じる道を行って、その支援者とともに市場を作ればいいだけの話である。

 

なお、若い女性に、ビジネス感覚が優れた大人(主に男性だった)が、都合の良いパーソナリティーをかぶせて世間に出し、大人気にするなんて、もうショービジネスが成立したときから行われているメソッドだ。

アニメもゲームも、女性は若いと決まっている。男性だって人気が出るためのキャラクターがある。みんな、ショービジネスでフロントに立っている人たちは、自らのアイデンティティーとの差分にもがき苦しむのだ。売れれば売れるほど。だから、結構早いタイミングで人気絶頂で引退する。そしてその知名度を活かしてセカンドライフをどうデザインするかがポイントなのである。

そんな業界であり、宿命なので、そこに自己実現性を持ち込むこと自体がなんとも論点がずれてるなと感じた次第だ。そこにいて言うことじゃないのでは、と思う次第だ。もし自己実現を図りたいのであれば、自由に奔放にやればいいのである。

何かを攻撃して、何か得ようとしても何も得られるものはない。もっと、マイノリティーであることを公開し、その共感者を増やし、輪を作っていけば、それはそれでパワーにはなるのである。私はそう信じている。