人ってすごいんだな

 

人手不足が私を直撃して、昼ご飯も食べれないくらいに一直線に仕事ばかりしていた。じゃあこの記事はいつ書いてるのかというと、昼休みだった時間である。つまり昼休みを取りたかったのにこの時間まで作業が長引いたというところだ。

全ての作業を完璧にやっていたはずなのに、これだけ休みも取れずということは、人手が足りないのである。足りないとどうなるかというと、仕事が振れなくなる。振る相手がいないのだから自分でやるしかない。

いや、振る人はいるにはいるんだけど、その人はもう仕事をしている。仕事をしているのに更に振るのは危ない。その人の仕事が溢れてしまったら、結局誰がやるかって自分にブーメランだからだ。だったらはじめから自分がやったほうがいい。自分が溢れたらどうするのか。そんなの、寝食関係なくこなしてればいつか終るでしょ、っていう自信はあるが、それが常態化すると終わりの始まりである。

そうならないように、たくさんの仕事は仕組み化していた。しかし仕事とは、仕組みの外側から発生する。こういう想定だったのにそうならない。だからこそ仕事になるのだが、これがたくさん積もっていく。仕組みを変えて正常化させるのだけど、それって人間しかできない。人ってすごいんだな、ってふと思った。人って、あいまいを許すから、ふわっとした要求でも気を利かせてやってくれる。コンピューターの嫌なところって、「[ERROR] 失敗しました」って言って仕事を放り出しちゃうところだ。おいおいなんでお前は失敗したんだい?って調べるのは人間の仕事なのだ。

仕組みがちゃんと動いているうちはコンピューターって偉いんだけど、現実はいつも気まぐれだ。想定の外が起こったときに、「知らんがな」って平気で言ってくる。Unknownってね。

最近はAIがーって言うけど、多分、ここ何十年もAIが何か満足の行く対応をしてくれることはない。人間の能力の、ほんの一部を切り取ったようなことを、莫大な電力を使ってほらできたでしょと言われても、「○○さん、あれいい感じにやっといて」にかなうメソッドはない。

だから・・、とにかく人は確保したほうがいい。足りているというのは、足りていないのと同じ言葉だ。何か起きたらすぐに足りなくなる。足りすぎている、くらいじゃないとほんとに安心できない。とは言え、私と同じことができる人がいない。目の前に人がいたってそれは私の仕事を代わりにやってくれるわけじゃない。私じゃなくてもできる仕事をやってくれるだけだ。

でも、それだけでもいいんだ。とにかく私しかできない仕事をやらせてくれ。私の時間は有限なんだ。

・・とならないように。とかく人は余るぐらいで丁度いいのだ。人員が過剰だとまわらないビジネスはかなり危険である、と言っておきたい。

さて、人が明らかに足りない状態で、会社はどういうふうに動くのか拝見したい。ここが会社で働くことの醍醐味かもしれない。自分にどうにもできないことを、誰かがやってくれるかもしれないのだから(やってくれないかもしれないけど)。