orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

年を取るとなぜ発言が慎重になるか

 

若いころは毒舌家で、夢想家で、いろんな爆弾発言や大胆発言を繰り返したが、年を取るごとにだんだん丸くなっていき、発言が慎重になるというのはもう、半ば常識だ。

年を取るとみんなそうなの?と思うかもしれないが、あれは別に加齢で脳の構造が変わるわけじゃない。そうなる理由がきちんとあるのだ。

 

 

理由1 偉くなるに従い自分の言葉の影響力が強くなることを思い知るから

若いころ、経験のないころの人の物言いは、誰も聞いていない。だからこそ、自分の話を聞いてくれ!とどんどん大胆になっていく。YouTubeやTikTokを見ていればわかるだろう。若者の特権だと言われるかもしれないが、特権というよりは無謀に近い。若い人でも注目を浴びてしまい、少し言ったことが間違って拡散し傷ついた人はたくさんいるだろう。そこを乗り越えたとしたら、多分次からは、発言は慎重にしようと思うに違いない。そうやって、序盤の大胆さはどんどん影を潜めていくのである。

逆に言えば、若いころに大きな夢を描き、ファンタジーを口にするのは、責任も小さいのでどんどんやって欲しいところでもある。傷つかないで成長するのは難しいからだ。

 

理由2 少しのことを言うだけで、大きく物事が変わることを知るから

年を重ねるとわかる。人には強めに言わなくたって、伝わる。ちょっと皮肉を入れただけで、ビターな感覚が他人に伝わる。言葉の裏を読み取られる。非言語的な要素、例えば表情や声の大きさや速さ、言葉の選び方一つで、いろいろ変わる。変わった結果、現実も捻じ曲がる。

ああ、こんなに、自分の言葉が影響があるのか・・と思うだけで人は発言の解像度を上げようとする。「慎重に検討します」と言う時は「やらない」と取る。「いいですね」は「相槌にしか過ぎない」と取る。言葉は難しい。日本は特にそういう傾向にあるのかもしれないが。

だから、発言はするのだが、発言自体にインパクトをわざと持たせない。それでも人は動くのだ。

 

理由3 自分が行ったことが呪いになるから

発言の積み重ねは、他人からの自分の印象を作り上げる。もし過去の発言の積み重ねに矛盾があると、信頼置けない人と判断されてしまう。

でも長い人生の中で、考え方が変わるのは普通のことだ。だからこそ未来に修正ができるためにも発言は慎重になる。若いうちはこれがわからないし、過去の自分の発言もないから結構自由に物言いできる。若いからで済まされることもある。

年を重ねるごとに整合性が求められる。私が毎日ブログを書いていて、こんなに自由そうに発言していて、かつ昔はこんなこと言ってたじゃないか・・みたいなことがないことで、ブランドが生まれる。ブランドとは信頼そのものだと思う。主張や思想がころころ変わる人には誰も近づきたくないだろう。かつ、発言を毎日するというリスクを冒したからのリターンとしての今があると思っている。

私もこれでも慎重に言葉は選んでいる気はするが、まあ、このブログ上では本音しか書いていないので、それが一貫性を持たせているような気がしなくもない。

その場しのぎで適当なことを言うと、それが呪いになりかねないので、誠実さみたいなものが重要だと認識し、年を取るごとに穏やかで、誤解されにくい、保守的な表現を好むようになると思われる。

 

 

ま、だから、年を取ると情緒が落ち着くとかいうのはまるっきりウソで、ただただ、言葉の持つパワーを知るようになるからなのだ。

私は、それにがんじがらめにならぬよう、ただただ誠実で率直に、かつ責任ある発言を繰り返していきたいと思う(まるで政治家のように)。