orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

理解不足が蔓延する社会でリアルコミュニケーションを増やすには

 

おそらく、都会住みと田舎住みで見えている景色が全然違う。基本的に都会住みの感覚で言えば、どんどんこの世の中はリアルコミュニケーションを否定しにかかっている。仕事もリモートワークはもはや新しいものでもなく多くの人に浸透した。リモートワークでのコミュニケーションはリアルとは言い難い。あまり味がしない。しかし、効率はいいのである。通勤もないしオフィスの騒音もない。仕事の生産性を重視するなら、リモートは良い。しかし、コミュニケーションの頻度が減る。

自宅にいるけれども、何もしなければ地域の人々と会話することもない。都会は結構プライバシーの権利を優先するので、言って見れば隣に誰がいるのかもわからない。すれ違ったら挨拶をする程度である。

仕事も、プライベートも、リアルコミュニケーションを否定する環境の一方で、都会の人々を支えているのはSNSのようにも見える。ソーシャルで匿名性を守って言葉を交わすことは今では誰でもやっている。だが、それもリアルではない。ゆるくつながるだけの関係性は、それ以上に発展するのはほぼほぼ稀である。

もともとプライベートで閉鎖性が高いのは、仕事が人生の中心で、家にいるときくらい静かにしたいという動機ではなかったか。ところが、仕事はどんどん効率化が進み、残業が発生しない職場も多くなった。そこに来てのリモート文化の浸透で、ますます人々がリアルコミュニケーションをする機会が失われた。マスクを外せないことも影響しているかもしれないし、イベントの機会もまだ回復していない。

会社がコロナ禍を終えた時に、社員の人心が会社から離れたり、社員同士のつながりが失われていることに人々が気が付くのは間違いない。アットホームな職場です、はいつしか会社の悪口になったのだけど、今は逆に必要なんだと思う。ただ、この必要性に対してアクティブに会社が動き出している例は私はあまり知らない。まだコロナ禍が終わったとは誰も認識していないことの裏返しか。

このような状況で、一つ注目していることがある。地域活動だ。地域活動への登場が皆無だった社会人は、リモートが多く残業も少ないために、以前よりは地域に出やすくなる環境が整ってきた。もともとリアルコミュニケーションが不足している集団なので、何かトリガーがあれば人が集まり、集まった人同士で何らかの交流の機会があると、非常に喜ばれると聞く。当然かと思う。

以前は地域活動は、会社活動に参加していない専業主婦のボランティア活動や、障碍者の社会活動などの福祉方面の色彩が強く、イベント自体が洗練されていない傾向にあったのだが、このコロナ禍や生産性向上などで、結構風向きが変わって生きているように認識している。その中で、私もどんな取り組みができるかを想像してきたが、もう少ししたら実行のフェーズに入れるかもしれないところには来ている。そうやって、リアルコミュニケーションの機会を、都会の中でプライベート時間の中で安全に生み出せないか。

考えて考えて、とやっているうちにも時間は過ぎていき状況も変わるが、結構、都会の中の閉塞感に心やられている方も多いと想像しているので、これは何とかしていきたいところである。