orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

なぜ今、学校が必要なのか

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あのジャンプが、マンガ家の学校を運営しているそうだ。

 

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漫画誌の代表格「週刊少年ジャンプ」(集英社)グループが、作家と編集者を講師に据えた漫画家育成事業「ジャンプの漫画学校」に取り組んでいる。講義に加え、編集者が仮担当として作品を作るための打ち合わせを重ね、卒業制作として漫画作品を発表するという実践的な内容で、9月に2年目の第2期が始まる。1968年に創刊し、数々の人気作を送り出してきたジャンプグループが培った経験や多様な成功例を、一般公募の作家に伝授する企画。そこには、ネット上で個人が作品を発表できる今だからこそ、編集者と作家の「二人三脚」で名作を生み出す“伝統力”を再認識し、漫画界全体を盛り上げたい思いがあるという。

 

私も、ある有名大学の教育機関(幼稚園生~中学生対象)をたまたま知っているので、学校を運営する動機について書いておきたい。

私の知っているその学校の講師は大学で教えているような講師もたくさんいて、体制としてはエリート教育のように見える。このジャンプの学校もそう見えるかもしれない。ただ、結果として、天才のような子供が続々輩出されるかと言えばそれは違う。普通の人が教育によって天才になるかと言えばそれは間違っている。ただしちゃんと勉強した人はちゃんとできるようになる。天才かそうでないかは、ちゃんとできることがポイントではなく、そのできた中で著しく秀でることなので、一番言えることは天才を育てる方法など存在しないということだ。

講師は、ちゃんとできるまで教えるけれど、全ての生徒ができるようになるかというとそうでもなく、むしろ勝手に悟って辞めていく場合も多い。入る前は誰しも自分が天才かもしれないという幻想を持ち、有名大学のブランドもあり、天才になれるのではないかと期待し、そしてほとんどの人が壁にぶちあたるのだ。実際、天才と言う人は、一般的な人々と全く違うプロセスで育つし、そのプロセスが万人に取って再現可能かというと、いやムリ、となる。ちゃんとできるところまで到達してからの成長が非凡なのだ。

天才を何人も輩出するような機関と思われがちだが、よくよくやっていることを見ていると違うと思った。

一番機能していると思ったのが「どういう方法論で教育すれば、万人に再現可能な形で育成できるか」という体系を、幼い子供たちに伝えることだ。子供たちの吸収力は半端ないので当たり前のように身に着けていく。その身に着けたものが特別なのではなく、どんな種類の知識を、どれぐらい、どんなスピードで習得し、何をチェックすれば身についているかどうかを検定できる。そういった教育プロセス自体を次世代の子供たちに渡しておくということ。これが非常に機能する。

例えば冒頭の漫画業界においては、これまでは会社の中でナレッジとして確立していたものかもしれないが、最近は会社の外で勝手に育ち勝手にデビューしてしまうことも当たり前となった。インターネットの進化によるものかもしれないが、これは逆に、せっかく会社にある教育プロセスまで、一般の人々が近づいてくれなくなるかもしれない。そうなった場合、もし会社に来てくれれば育てられただろう才能が次々と失われていくということになる。

非常に大事なことで、長年つちかった教育プロセスというのは、最も「ちゃんとできる」ようになるまでのリスクのない方法なのだ。必ずしもその教育プロセスを受ける必要はないけれども、きちんと基礎をやらず野良で身に着けた人は伸び悩むことが多い。抜けが発生するからだ。好きなことばかりに取り組むために、すっ飛ばしたところが後々響いてくるが、中途半端にできるようになってしまったばっかりに器用さでカバーし、それ以上の上達がのぞめなくなる。

いわゆる小学校~中学校~高校~大学の、文科省が整備した学校プロセスは、国が決めていることなので揺れることは無いが、漫画や芸能などになると途端にカバーできなくなってくる。部活がある程度フォローしてくれているが、いや、それでは十分な教育プロセスにはならないと、こういったジャンプであったり、大学機関などが独自の教育プログラムを行っている。

インターネットに成果物を簡単にさらせる時代になったからこそ、ちょっとかじって終わりになったり、伸び悩んで辞めてしまう人も続出している。今だからこそ、いろんな分野で、学校は必要な時代になっていると思う。