orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

危険な動きが始まっていることへの考察

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ネットを見ている限り、最近危険な動きが出ています。

都会のど真ん中で、「マスクをしない」「ソーシャルディスタンスを守らない」「密を避けない」「自粛しない」という主張を掲げ、集まり騒ぐ集団がいるそうです(現在進行形、具体的な話は割愛します)。

新型コロナに感染しないための方法を学んできた人々に対する、敵対行為とも言えるこの行動が発生してしまう原因を思います。

そもそも、この新型コロナ自体は、高齢者や基礎疾患のある人は大敵ですが、若齢者や健康な人は無症状になる可能性が高いと報じられてきました。それにもかかわらず、なぜここまで追い込まれなければいけないのかと考えだす人がいても不思議ではありません。

健康である。そして怖くもない。なのに経済的に追い込まれてしまう人。また、大学生など過度に制限を強いられ、本来体験できるはずの楽しい生活を失ってしまった人。特に都会で一人暮らしをしていると、帰省もできず厳しい。

企業は生き残りに必死だが、大企業は下請企業に負担を押し付け、そして非正規(派遣、アルバイト、契約社員)などに始めにしわ寄せがいく。

2020年の上半期は10万円を国民全員に配布し、かつ夏には落ち着くだろうと言う根拠のない期待とともに様子見になっていた状況が、下半期になって「まだ終わるどころか拡大しとるやんけ」という反発が生まれる。そして、「新しい生活様式」のようなことを言いだして、まるで何もしないで経済的に困窮している人を救わない。もう終わりが見えない。これでは、新型コロナに感染せずとも人生が死んだようなものではないか。

そんな主張なのだと思います。

 

今年の3月ごろに、思索したことを思い出しました。

 

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今年の上半期に、既得権益者が秩序の維持を「日本モデル」という謎の理論で手に入れたのですが、ここからは、うまくいかない可能性が具現化しはじめたのではないかと思っています。

具体的に、「既得権益者のために我慢・自粛しても、俺たちには何の意味もないじゃないか」という人々が行動し始めるのです。

彼らがアブノーマルで、マイノリティーで、極小的な存在、と国民がSNSでフルボッコするのは目に見えているのですが、しかし、全ての人々がそう思うかというと疑問を感じています。ひょっとしたら、「コロナ対策で経済的に死ぬぐらいなら、逆に行動したほうがいいのでは」と考える層がいても不思議ではないからです。それぐらい政府は彼らを放っといていますし、彼らは切実です。

 

さて、自分自身はどうするか。

世の中は、政府や地方自治体の対策と、各事業者の努力によって、普通の生活を送っている限りは感染しにくいように営まれていると思いますし、そう信じています。私が、できるだけステイホームをしながらも外に出て活動しようという根拠はそこにありました。

しかし、もし、上記のような「感染対策をすること自体が悪」というような集団が幅を利かせてきた場合、外の危険度は増します。電車にも通路にも、マスクをせず、新しい行動様式を取らない人が増えることが容易に想像できます。

ある程度、考え方を転換し、世の中の様子を細かく観察しなければいけない時期になってきたのではないか?、そう感じます。

特にこの連休中は、状況が悪化していないか観察する必要がある。

 

もう少し未来のことを考えます。

仮に、「感染対策をすること自体が悪」という集団がある程度の規模になってきてしまったら、おそらく法的に規制する動きが速まるでしょう。

現時点で、彼らを取り締まる強制力はないからです。

そもそも、病院に軽症者・無症状者を閉じ込めたからと言って、待機を強制する法的根拠もないのです。

全体的に無秩序な話が現実的になってきたら、法的に封じ込めるしかないという議論が既得権益者中心に盛り上がるでしょう。

そこまでにはならないというのが今年上半期時点の論調でしたが、さて、この議論の際に国内に混乱が起こるかもしれません。強制力をさらに政府に持たせる話がすんなり通ると思えませんし、国民的な議論になると思います。

 

今後も注視します。