orangeitems’s diary

クラウドで働くエンジニアの日々の感想です。

「翼をください」の歌詞における、悲しみのない自由な空の解釈について

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翼をください

私が中学生のとき、合唱の課題曲であった「翼をください」について、大変な名曲であると同時にずっともやっとしていたことがあったので触れておきたいと思います。

 

考察

私が気になっているのは下記の歌詞です。

 

飛んで行きたいよ

悲しみのない自由な空へ

 

実はこの歌詞が曲中に3回出てきます。なぜ翼が欲しいのかを説明している大事な二行です。私が中学生のときは結構スンナリ心に刺さりました。特に学生であり未成年のころの環境を思えば当然かもしれません。特に望んだわけでもないのに学校に行かなければいけなかった。学校もルールが厳しかった。人間関係も複雑だった。とても田舎に住んでいたので刺激が少なかった。もっと大人になれば、一人暮らしをしたり都会の生活を楽しんだり、今に比べてもっと自由で楽しい世界が待っている、そんな思いと一致したのだと思います。ですから合唱で皆で歌うにはぴったりの曲だと思いますし、これからも歌い継がれていくのでしょう。

そして、そこから30年が経ちました。大人の自分はこの歌詞がスンナリ入ってきません。

まず、空は自由ではありませんでした。私もこの世の中のルールがおぼろげに理解できたのはここ数年です。ちっとも自由ではありません。目に見えるルールすらおぼえるのも大変ですが、実は目に見えないルールがたくさんあります。その見えないルールを知っていると様々な試練をショートカットできます。でもそんなことはどこにも書いてありません。私はいろいろな目に見えないルールにぶつかってきては、PDCAをして心の中で攻略法を築き上げてきたものの、「自由な空へ」と思った中学生の自分へは違う言葉をかけてやりたいです。この世の中は不自由な空だと。なぜ不自由かというと、一見自由に見せかけているものの何か逸脱すると確実に見えないルールにやり込められると。特にSNSの登場で、些細な見えないルールの逸脱で、不特定多数がネットリンチすることが日常茶飯事となってしまっているのはご存知かと思います。

結局のところ、子供の教育論まで及ぶのですが、親ができることってこの、見えないルールをこっそり子供に教えてあげることだと思うのです。学校や社会では実は見えないルールを教えてくれる組織も人もありません。本を読めばいいという案もありますが、その本が良いということを教えてくれる人がいないと、悪い本を手に取る可能性が増えて回り道をしがちだと思います。何しろ、親が見えないルールを子供に教え込み、実践させ、ショートカットを積み重ねることで子供同士の競争で秀でることができるというのが、冷酷な社会の真実だと思います。もし時間があれば、今20歳未満で活躍している人の親の仕事や教育方法などを調べてください。必ず子供に深くコミットしているはずです。具体的に挙げておきましょう。

これが紀平のスケート漬け武者修行スケジュールだ! - フィギュア : 日刊スポーツ

この、活躍すさまじい紀平梨花さんの一日のスケジュールの中に、

「22:30~23:30 お母さんケアほぐし」

と言う項目があります。これがすべてを物語っています。お母さんは、毎日ここで社会の見えないルールを踏まえどうすべきかをレクチャーしているのです。そうでないと、あの大きな舞台で実力を発揮しつつ、大量のマスコミに対して立派に受け答えができる人格が急に身につくはずがありません。

翼をくださいに戻ります。次に、「悲しみのない」という部分です。そもそも空に悲しみがないというのはあまりにも飛躍しすぎです。空が仮に自由だとしても、その自由は実は見えないルールをハッキングしてのチートだとしても、悲しみはあります。悲しみから逃れるために自由な空にはばたくとすれば大きな誤解で、自由を手に入れれば入れるほど悲しみも増幅します。なぜ、悲しみがないと思ったのか。今の地点から別の地点に移ることによって、今の悲しみは無くなるし、その高揚感から悲しみを瞬間失わせるという理屈なのだと思います、が。悲しみはあるよなあ。

 

まとめ

おそらく、規律正しく自由の限られる学生の身分から、社会に出ていろんな経験を自分の判断で積める自由さを持って、悲しみのない自由な空に飛んでいきたいということだと思うのですが、こうして後ろを振り返ってみると、あまりにも自由はないし、悲しみも溢れている。そして、自由をつかめるのは見えないルールをかいくぐった一部の人たちだけであり、そのプロセスはあまりにも秘密めいていると思います。

原則として、七つの習慣のように、すべてに通じる法則は存在しているけれども、より具体論となると勝ち進むためには非常に親世代や教育環境が問われやすい世界となっています。自由の国アメリカ、も個人の自由を強調しすぎた反省でより国家主義的、つまりルールの厳格化を叫ぶようになってきました。基本的には、ファンタジー小説などよりもよっぽど魑魅魍魎の世界が現実に構築されていて、攻略するためには恐ろしいほどの「やりこみ」が必要です。それは情報のない子供だけでは無理で、親や教育環境に大きく左右されるというのが私の見立てです。

と言うことで、

 

飛んで行きたいよ

悲しみのない自由な空へ

 

と子供たちに歌わせるのは酷な話で、そういえば最近の子供たちは「翼をください」って歌ってないのかもしれないなと気づかされた、この話でした。