orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

全員参加型の産業を作らないと未来はない

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格差が広がる社会

世の中、勝ち組と負け組の格差がどんどん激しくなっていますよね。

一つの会社の中でも、出世する人とそうでない人の分別をするようになっています。給料の上がらない人は何年勤めても上がらない。一方で中途採用でいきなり給与が高い人が現れています。

年功序列の考え方はもう古臭く、これによって給与が高い人はどんどん会社に居場所がなくなっています。儲ける力があって理由が説明できれば給与は高くても当然ですが、単に会社に長くいたからというのは理由が通らなくなっています。

新入社員の給与を高くするのは、トレンドの技術をすでに身に着けているから。そのぶん年功序列の給与制度はセットで見直すということになります。

 

www.nikkei.com

企業の間で給与や雇用制度の抜本的な見直し機運が高まっている。日本経済新聞社が2日まとめた「社長100人アンケート」で、初任給を直近で引き上げたと回答した企業は約7割に上った。人材獲得競争が激しく総人件費が上昇傾向にある中、年功序列型の賃金体系を見直すとの回答は5割を超えた。企業には入社後も成果に見合った報酬で社員の能力を引き出しつつ、多様な働き方を両立させるための取り組みが一段と求められる。

 

同じ会社に長く勤めても、社員にとって直接的なメリットはどんどん無くなっていきます。その会社で給与を伸ばすスキルや人脈を得られるならば、年功序列ではなくても給与は上がっていきます。しかし、単に時間を費やすだけならば、むしろ新卒の方がまだ可能性があるという時代だという認識をする必要があります。

 

給与を上げるためには明確な理由が必要に

さて、そんな前提を考えると導かれることとして、給与を上げるためには明確な理由が必要になっているということが言えます。単に技術力がある、だけでは上がる理由にはなりません。なぜならばその技術が売上と利益を生まなければ給与を支払う原資が不足するからです。

昨日、ドワンゴの退職エントリーがたくさん出ているのに驚いたのですが、ドワンゴ自身はたくさんの優秀な技術者を抱えていたはずです。しかし、売上を伸ばすことのできる新サービスを生み出せず、今は事業を再構築している段階に思います。反転し攻勢に転じることのできる取り組みに期待はしているものの、高い技術を持っていると自負している社員たちが他社に移るというのも、給与がトリガーになっていると思います。

もちろん、移った先で高い技術を繰り出して、売上と利益につながる新サービスに寄与できれば給与は保証されるでしょう。しかし、それもまた結果が全てなので、過去の年功序列のような人生設計は非常にしずらくなっていると思います。

それでは、いっそのことフリーランスや自営業、起業のようなリスクのある手法も存在します。これはもっと実績主義です。最近はフリーランスも会社員も似たようなものだということを先日書きましたが、高い給与を裏付ける理由を常に用意しないといけないのは同様です。すべては給与を高くすることに理由が必要になったということが貫いています。

 

生活が苦しく

さて、給与を上げるためには明確な理由が必要になった、ということは何を示しているか。理由なき高給与が減るということです。今まで長く働くだけで給料が上がっていたのがそうでなくなったということで、結果としては、全体の給与は抑えられる方向に動きます。一方で、理由が説明でき過ぎるくらいできる人には年功序列では考えられなかったような高い給与が支払われたりします。新卒も同様です。結果、こうなりました。

 

www3.nhk.or.jp

「生活苦しい」57% 平均所得4年ぶり減少 厚労省調査

1世帯当たりの平均所得は、おととし、551万円余りと4年ぶりに前の年を下回り、生活が苦しいと感じている世帯は、全体の57%に上ったことが厚生労働省の調査で分かりました。
厚生労働省は毎年、一部の世帯を抽出して所得の状況を調べる「国民生活基礎調査」を行っていて、去年7月、全国6000世帯余りから回答を得ました。

 

平均所得はどんどん下がり、苦しいという人は増える。

これは、生活に合わせて所得が調整されていた年功序列制度を壊すわけですから当然の帰結だと思います。

そりゃあ、苦しくなります。

共働きをすることで世帯収入を上げる工夫でここ十数年は乗り切ってきましたが、今度は夫婦ともども給与が上がらなくなりました。

 

解決策は

この問題の前提には、売上が上がる根拠が無ければ給与は上がらない、という考え方があります。最近の論調を見ていると、スキルを上げることや生産性を上げることが強調されています。

しかし、この考え方だけでは、しぼんでいく日本の中で狭い勝ち組になることを争っているだけにしか過ぎないのではないでしょうか。

そして限定された勝ち組だけにお金を振り分けていくと、国内にお金を使える消費者がいなくなっていきます。そうすると結果として勝ち組は「売上と利益」を得る機会が失われて行き、どんどん不幸せな国になってしまいます。

今日、アメリカ・サンフランシスコの状況を伝える記事を読んだのですが、考えさせられました。

 

jp.quora.com

昨年末、アメリカ西海岸を車縦断してきました。出発がちょうどサンフランシスコで、サンフランシスコは3年振りでした。
え?3年でこんなになってしまったの??? が、正直な感想でとてもじゃないけど長逗留はできないししたくない街になってしまってた。サンフランシスコ市街、きれいな西海岸の青空のいかにも西海岸の街中には「車上生活者」がたくさんでした。そこそこの車に身なりもごく普通の人達。話してみると職業もちゃんとある。教師・ホワイトカラーの会社員が車上生活してる、現実です。たまにベッドでゆっくり寝たくなったりシャワーを浴びたり身支度きちんとするためにモーテルに宿泊したりの生活をして節約しながら。想像しにくいし考えにくいでしょうが本当に実態でした。

 

日本全体が今後成長していくためには、「たくさんの人が給料が上がるための理由」が必要になると思います。勝ちと負けに分けるのではないのです。全体が勝ちとなるための理由を探す必要があります。

それは、法律による最低時給アップ、でもないと思います。理由もないのに法律で縛るというのは解決策にはならないように思います。

必要なのは、全員参加型の産業だと思います。労働集約的な仕事はこれまで嫌われ、自動化により人員削減していく手法が昨今大変好まれていますが、これだけでは国は豊かになりません。余った時間を持って、労働集約的な新しい産業を興し、これが多くの富を生むような仕組みを作る必要があると思います。

人が集まることで何か大きな価値ができるようなことを国全体を上げて考えていかないと、どんどん省力化し、どんどん人間がいらなくなり、最後は限られた人に富が集まるが、国全体がしぼむためジリ貧になる。そんなシナリオが思い浮かびます。

人間には「天然のAI」が備わっているのですから、人が集まることで何か大きな価値を生み出せないものか、国家的な課題として考えていくべきと思います。