orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

ジョブ型、うまくいかねえだろうなあ

 

ジョブ型っていうと、仕事内容に基づいて給料を決めていく方式で、一見公平に見えるし、そして実際公平なんだろうけど、運用はうまくいかないだろうね。

人生における必要なお金って、まず結婚する時に必要でしょ。住まいがいるし、世帯を構えるのに家具やら家電製品やらも必要。洋服なんかも地味に必要になる。

そこから子供が生まれて、子どもの教育費がまたかかる。そして家も狭くなる。新しい家のために何十年ローンみたいなのを組んで、車もひつようになり。

そのライフステージの変遷とそれにまつわるお金、これに会社員としての給与アップが連動しないと、人間社会がおかしくなるでしょ。極論言えば、ジョブによって結婚できなかったり家が不十分だったり、子供を設けることができなくなる。

ジョブがどうあれ、普通の生活ができる、ってぐらいの保証を社員にすることが暗黙の了解であることがこの日本社会における国民の生活を支えて来たはずなのに、だんだんと「できないやつはできないやつなりの人生を歩め」みたいな話にすり替わっちゃって、今や少子化という状況を作ってしまった。

例えば、ベーシックインカムみたいに、働かなくたって生活はできるし狭いけど家は済めるし結婚できるし子供も育てられる、みたいなことをベースとして保証した上で、各企業が、ジョブ制みたいに給与の支払いを厳格にするなら、わかるよ。

この国、企業の継続性の仕組みばかりが考えられて、企業を支える中身である国民の継続性がおろそかになっているというのが恐ろしいところだね。

誰もが安心して暮らせる国、って言いながら、社会制度は能力がある人にしか安心を与えないということになっている。誰も、じゃない。

せめて、ライフステージにおいてお金がかかる要因である、結婚・出産・子育てあたりの費用を「どんなジョブの人でも手に入れられる」としないと、こりゃ、少子化なんて絶対解決しないと思うよね。ここで能力の有無をいっちゃだめ。誰もが世帯を設け子を設け家を建て車を持つぐらいのことは、当たり前にできるようにならないと。

お金を配っても貯金しちゃうか他のことに使っちゃう、という意味だと、用途を限定したポイントのような形で与えるべきなんだろうけれど。

まぁ、だれでも子供を私立の費用のかかる学校に通わせるってのは無理なので、せめて国公立については保証するとかね。

ジョブ型、企業が生き残っていくために必要な考え方なのかもしれないけど、国がダメになっちゃあ、意味がないのではないかな。