orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

子どもにデジタル機器を与えるときの心構え

 

私の子どもに・・と言っても、今はもう成人しているのだけど、デジタル機器を子どもにどう与えるかについては、面白い事実を知っている。

私はIT業界に長くいてしかもインフラ関係で、デジタル関連についてはかなり詳しいので、子どもにもさぞ英才教育しているのだろうと思いきや、私は何も教えてない。子どもは、父親からそんなにみっちり指導されても正直引くだろうと思うし、今やYouTubeを見れば指導動画なんてたくさんある。

ただ、便利だ、ということは私はよくよくわかっていて、世間の雰囲気に比べて、いち早く与えた。iPhoneもiPadもパソコンも。与えたけどどう使うかは本人に任せた。

その結果どうなったかと言うと、かなり私が思っても見ない使い方を子どもはしていて、私もそんな使い方しないよ、という方法で使いこなしている。

デジタル機器を子どもに与えると悪用してとんでもないことになるんじゃないか、ネットは怖いから、みたいな話と隣り合わせだが、これは実はデジタルとは全く関係が無いように思う。

子どもの善悪に対する価値観、危険に対する備えと考え方。やっていいこととやっていけないこと。子どもが不完全だからとて、親が逐一行動をモニタリングして規制するのは、これは管理手法でいうところのマイクロマネジメントと同義だと思う。

そうではなく、もちろんきちんと善悪の指導を行い、コミュニケーションも取り続けた基盤の上で、あとは本人に任せること。そうすることで子どもが勝手にその道具についてのあるべき使い方を考え、応用し開発する。この辺りは全く親は関与しなかったのだけど、事実、本人は勝手に進化させてすごく使いこなしている。

過去のデジタルの偉人たち、まだWindowsすらなかったころにパソコンを攻略したような伝説の方たちも、おそらく勝手にデジタルに近づき、親の指導などなくマスターしているはずだ。そもそも親世代の時には無かった道具であった。

だから、親がするべきは制限ではなく、あくまでも正しい考え方を伝えること。それはデジタル機器に依存したことではない。刃物が怖いわけではなく、刃物の使い方を誤る人間のほうが怖いのである。誤らせない人格形成のほうがよっぽど大事だ。

小学生、中学生のときには、さすがに本人の知識や経験が薄すぎるので、フルサイズで与えることはしなかったけど、高校生、大学生となっていく子どもの状況を見ながら、最終的にフルサイズで提供した。

使い方の指導をしなかったので、もしかしたら文鎮化(こんな言葉今は使わないか?)するかと思ったけど、見事に日々のツール化していて、多分私よりも使いこなしている部分すらあると思う。親の様子も見ながら参考にしたことはあるのかもしれないが、今の若い世代はデジタルに対する距離感が我々の世代よりもずっと近くて、ソリューションの仕方が親世代より進化しているなと思う。むしろ学ぶところすらある。

デジタル機器に限らず、親と子のコミュニケーションをしっかりして、不安があるのならしっかり相談に乗っていれば大丈夫。そこまで行動を細かく確認し指示などしなくても、勝手に育つ。信じること、理解すること。

心配し過ぎる親が、子どもの能力を最大限引き出すためには本当に大事なことだと思う。