orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

読解力が仕事の9割

 

当たり前のことを記事にしたってしょうがないのだが、当たり前のことがわかっていない人が多すぎるのであえて書いてみたいと思う。

読解力。

読み解く力なので、狭い意味ではテキストを読むことに限定されるが、実際は人から聴き取ることも含まれる。最終的には読もうが聴こうが頭の中では言語になり、それが害ねんとなって脳にインプットされ、処理される。

この処理、人が自然にやることであり仕組みがわかっていないので、これだけAIが今注目されているわけだが、AIがやることと人間の脳がイコールのことをやっている保障はどこにもない。結果が似ているから、多分同じだろうぐらいの話でしかない。

さて、この読解力。仕組みはどうあれ人によって差がある。差があり過ぎる。

読解力がないとどうなるかというと、仕事の指示に対して、その内容を誤解する確率が高くなるということになる。

非常に、非常に困る。

仕事を指示する人の、指示の正確さや粒度はまちまちだが、読解力のある人はそれを見事に解きほぐし、指示した人の意図通りもしくはそれを超える精度で答えを返すことができる。

答えを出すことについては、また別の尺度、技術力のようなものが必要となる。まったく技術力がなければ、例えば「ステーキが食べたい」という指示について、ステーキを作る技術力がなければ、いくら読解力があっても仕事はできない。

ところが、ステーキを作る技術力があっても、「ステーキが食べたい」と解釈できなければ技術力は発揮できない。ステーキじゃなくて肉じゃがだと誤解する人は、肉じゃがを本当に作ってしまうのである。もしくは、ステーキだけど、味付けが、リクエストしてきた人の好みじゃないかもしれない。

学校教育において、読解力を鍛える強化は国語だったように思うが、この国語、進路によっては数学と理科ばかりになって問われなくなる進路もある。芸術系やスポーツ系もそうなのかもしれない。結局はどの方面に言ったって、仕事には依頼主と、それを引き受ける人がいる。その関係において読解力は、どこをどう切り取っても必要となる機能となる。

ある若手の苦情をマネージャーから聞いている。

資格もあるし、学歴もあるから、能力はあるはずだ。しかし、指示しても指示した通りのことをせず、全く違うことを始めた挙句、時間が経過した後に、「指示の意図をもっと教えてください」と聴いてくる。指示する人が疲弊する。言った通りやってくれない、と。

これは、読解力の問題である。読解力がないか、読解力を無視する。人格の問題すら問われることになる。彼は依頼主の発言を何だと思っているのか、と。いや、何とも思っていなくて、単に読解力がないだけでは?、と外野の私からは思うだけである。

おそらく、何にでも読解力がないという話ではないだろう。だって、資格を取るにも、学歴にも、就職活動でも、読解力が必要な場面はあったはずだから。彼が、仕事の場でそれをできないのは、きっと、特定の限られた場面においての読解力をテクニックとして身に付けてしまったからに他ならないと思う。

本来は読解力とは、ユニバーサルなものであり、どんな世界にでもどんな場面にでも通用するものである。しかし、切り取り方によっては、「このパターンだったらこれ」のように単純化し、丸暗記できてしまうこともある。これを駆使して何かに合格し、世界に入ってくる人がいるのだが、本当にこのタイプは仕事に苦労する。

仕事においては、何を指示されるか読めないので、かなりの柔軟性が必要となるからである。だからこそ、「(狭い)勉強以外の経験」が必要となる。「学生時代において、何か勉強以外に打ち込んだことがありますか?」という古臭い質問には、勉強以外の経験をあぶりだしたい採用側の意志がある。余計なことをしている人は、案外、読解力に優れていたりする。いろんな場面を経験しているということは、学習経験が豊富だと言うことを示す。

読解力があってこそ、の仕事である。特定領域ばかりの情報を仕入れていると、読解力がハンデキャップになり、あいつはいろんなことを知っているはずなのに仕事ができない、と揶揄されかねない。もはや、「読解力が仕事の9割」と言っても過言でもないな、と思う事もある。だって、やっていることは大したことがないのに、正しいもしくは正しい以上に意図をくみ取った答えを、瞬時に返してあげると「すごい!」って言われがちだもの。