orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

ひどい引き継ぎを受けたときのこと

 

昔の話だけど、ある担当者が会社を辞めるというので仕事を引き継いだことがあった。

その担当者も自分の役割がうまくいっていないというのは自認していたようで、いつもピリピリしていた。その人に話しかけるのも皆はばかられたくらい。辞めた理由は、自分の仕事がうまくいかないという理由じゃなかったけど、きっと本当は逃げたかったんじゃないかな。うまくできないのに上から役割を変えられることもなく、逃げない限りは非生産的な仕事にずっとひきずりまわされている状況だったから。

非生産的なのは、その担当者自身が原因なんだからその担当者は誰も責められないんだけど、向いてないのにアサインしてんじゃないよという、会社への恨みつらみもあったような気はしている。

経緯はともあれ私が引き継ぐことになったので、引き継ぎ書なるものを見せてもらった。うん、やっぱりひどい。整合性がない。なぜそのアクションをすべきか、という理由となる文書が、あっちに行ったりこっちに行ったりして、その担当者以外にはわからなくなっている。だからこそ他人がその担当者を手伝えない状態となっていたのだ。属人的とはいうが、わざと資料を難読化して、他人を手伝わせないようにしていたんじゃないのかという疑惑すら持ったくらいだ。

その難読化の結果、自分自身でも処理できなくなっていたとしたら、まぁなんとも皮肉な話であるが。

この引き継ぎについては、あまり真面目にやらなかった。

新しいフォルダーをファイルサーバーに用意して、後はもう1から構築していった。もし役に立つ資料が現フォルダーに残っていれば活用したが、それが正しいかどうか確認する前に1から作った方が速いことが多かった。

そもそも、たいしたことはしていないのに、時間の経過とともにいろいろなローカルルールが重なって、プロセスが複雑化していた。「そもそもやる必要ないよね」ということは大胆に省いていった。

無駄に記録をするくせに、誰もその記録を見ていないなんてこともあった。それなのにその記録は誰も解読できないほど、メモ書きのようなものであった。

同じ内容のファイルがいくつかの場所にあって、一番新しいものが、新しいとも言えず、それらをなめて見ないと真実がわからないと言うこともあった。そういうものは1からファイルを作り直した。

また、「これはそもそもやった方がいいよね」ということは、引継ぎより先に動いた。きっと非生産的なプロセスの中、優先度の高い仕事がなおざりになっていると思ったしその通りだった。

引き継ぎというよりは、業務見直しに近く、最終的にはかなり整理されたし、むしろもう一度「引き継ぎ書」なるものを自分で作ってみた。というのも、私が引き継いだ後ずっとやるわけではなく、社内の別の人に受け渡す予定だったからだ。ただ、いきなり渡したとしても、きっと難読すぎてカオスになるのが目に見えていたので、わかりやすく翻訳し、あたかも誰でもできるような形に仕立て上げた。

結局、引き継ぎというのは、前任者の仕事の総決算となる。ダメならダメで、一旦ケリをつけてしまわないと次年度も影響を受けてしまう。

引き継ぎを受けることと、それをそのまま自身が行うかは、全く別のことと考えるに限る。引き継いだ後のことを仕切るのは自分なのであれば、自分が決めていいはずだ。ダメな仕事の解読に時間を取る必要などまるでない。やるべきことさえわかれば、新しい大地に家を建てた方がいい場合がある。

引き継ぎとは、引き継ぐ方の情報処理力と決断が求められる作業だと思う。