orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。1日2記事投稿しています(0:00、12:00)。

アットホームな職場という言葉自体がおかしい

 

アットホームな職場と言われると、あたかも職員同士が仲が良くて、お昼ごはんや、飲み会をたくさん開くみたいな話になりがちなのですが。

でも、皆様にとっての「ホーム」「家」って、そんなに家族と何でもかんでも一緒に行動するものなのでしょうか。

私は家では、たいてい自分の部屋で一人でいますけどね。

家族であっても、個人の時間がとても大切で、家族が一緒にいるのは食事の時や後にリビングで団らんするぐらいです。

アットホームの定義だけ、昔に置き去りにされているような気がしますね。私の定義で言えば、個人やパーソナルスペースが適切でないと、アットホームにはなりません。

始終、いろんな人と関わっていないといけないとすれば、それはもう苦痛の領域に入りますね、少なくとも私は。気を遣うので神経もすり減るし、自分の作業の手が止まるし、必要十分なバランスを確保したいです。仕事が終わっても仕事の人たちと一緒にいると自分の時間は減るし、自宅での時間も減ります。あらゆる意味でアットホームを標ぼうするなら、個人を大切にしなさいよと思うわけです。

ま、これは性格的傾向もあるでしょうけど。

人によって、家の持つ意味や最適化の方法が全く異なるのに、アットホームな職場です、で片づけようとする表現こそが雑そのものだと思います。

昔ながらのアットホーム文化、それでも私は完全に嫌いというわけでもなく、やれやれという思いもありながら、参加して見るといろいろ勉強になることもあったりして、ゼロな必要もないと思います。全てはバランスであり、頻度であり、個人の尊重のあるなしが大事です。

昨今は、こういう個の尊重を訴えること自体が、昔よりもやりやすくなったように思います。昔は、飲み会の一つでも断ると仕事に差し障るレベルでした。仕事なんだったら残業代くれよとか、たくさん飲む人がいるのに飲めない私とワリカンとかおかしくないとか、どうせお偉い人が一杯しゃべって若手はへらへらしてるだけでしょとか、たくさん思う事はありましたけどね。それでも参加することには意義がある?、と思って断ることはしなかったですが、多分、ほとんどのアレは意味が無かったと思います。

私の世代(40代)がそんなことを言うもんだから、最近の若手は「ですよね」って言いながら意見を表明しやすくなったのかもしれない。また、最近は、SNSの発達もあって、「実は思ってたこと」を共有しやすくなっていますので、声がでかかっただけの昭和のオヤジがどんどん引退していく中で、時代が変わっているのだと思います。というかどんどん変われ。

ということで、アットホームという言葉自体の意味も、時代の変遷により変わるべきだと思います。アットホームな職場です。というならば、もっと個人を尊重して、居心地のいい意味にしてほしい。自宅で毎日飲み会やるんですか?ってなもんです。