orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

M-1グランプリ2022を見て思ったこと

 

M-1グランプリは、もう第一回目から全部見ている。

何度見ても大会自体が毎回成立するので、番組自体というより準備の方が大変だと思う。予選から幅広く参加者を受け入れ、そして選抜してあの決勝大会がある。そのプロセスの方がよっぽど気が遠くなる仕事で、そして毎年ちゃんとやり遂げるのが凄まじい。関係者の地道な努力あってのものだと思う。視聴者は、優勝者が決まったら今年が終わった気持ちになるが、関係者はここからまた1年が始まるという気分だろう。

さて、優勝したのはウエストランド。ネタバレだけど、もうYahoo!ニュースにも報じられているから私が伏せたところで意味はないだろう。

タブーやバイアスに切り込むネタで、ものすごい切れ味だった。多分、誰もが言ってはいけないと暗に思っていることを言語化する手法だ。

あのネタが、日本一を取ると言うことは、世相を暗示していると思わざるをえない。

誰しも言いたいことが言えなくなっている。言いたいことを言うことの敷居がどんどん高くなっている。何を言っていいのかわからなくなった結果、すごく狭くなった一般常識のエリアで言葉遊びをしているだけの人々。でも、誰かそれをぶち破ってくれないかな、と思う人々の意識が共感を得たのではないかと思う。自分じゃない誰かがそれをやってほしいという欲求。その見える化としての彼ら。

ウエストランドの二人はきっと、命がけであの舞台に立ったと思う。全国ネットの地上波テレビでこのネタをやったら、下手すればもう世間に出られないかもしれないとまで思っただろう。ただし、自分たちの芸風を考えた時に、このチャンスでこのネタをやらなければ、今後生きていても死んでいるのと同じという判断もあったろう。そして、賭けたのだと思う。その賭けのすがすがしさがあまりにも他の出演者を超越してしまった。また、予選の最終出番と、決勝の1番、二回連続で視聴者に高いパフォーマンスを発揮できたことが功を奏したように見えた。この成り行きは運も味方はしたが、運というものはたいてい、実力のある人にしか備わらないのでこれも、実力である。

 

さて、これで世の中は変わるか。

実は、彼らが優勝したことで世の中が変わるのではない。世の中が変わったからこそ、彼らが優勝できたと私は思っている。

言いたいことを言わないで進む世の中に、人々のフラストレーションが溜まりに溜まっている。今までタブーだったことにどんどん切り込むという手法を人々が好み始めているのを知っていた。であっても、そこには近づいてはならないと、今もって私は強く思っている。ただし私がいくらそう主張しても世の中は勝手に進んでいく。

あれだけ平和憲法をうたっていた日本と言う国の首長が、「反撃能力」という言葉をはっきり対外的に使う状況なのである。

言いたいことをしっかり言わないと、それを絡めとられて不利益になるというルールが世界を通じて確立しつつある。

この世の中を生きる我々も大変な時代になってきた。もしかしたら、何も言わなかった連中がこれから、勇気を出してエゴを出してくるかもしれない。踊らない会議が急に沸騰し出すのかもしれない。黙っている方が無難、という暗黙のルールが大きく変わるのか。

それでも、ぜひ、徳の高い生き方をお勧めする。人のためを思いつつ自分の利益も譲らず。自分がされたら嫌なことは人にしたり言ったりせず。自分から動く。嫌な感情は簡単に見せない。そんな生き方の高い価値は不変だと思う。

どんな世相になったって、普遍的な価値は変わらない。流行は揺れ動くけれど、自分自身はぶれずにいたい。今日の自分が信じていたことは、明日の自分も信じていたい。

という、個人の感想です。

M-1グランプリ2022、今年も楽しい番組でした。