orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

「心の残業」に対処する具体的な方法

 

IT業界には25年いるが、初期の段階からメンタルヘルス・心の健康の問題については、かなり身近だった。やけに職場が強調するので何だろうと若いときから思ったものだった。昨今の働き方改革や、コロナ禍でのリモートワークでまだ随分状況も変わったが。

「心の残業」というキーワードの記事を読んだ。

 

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その時は、あるプロジェクトの責任者をしていて四六時中働き、職場を離れても仕事のことが頭から離れない状態でした。だから、今の自分は「心の残業」にどっぷりと浸かっているけど、このままではいずれ身心を損なうのではないか……?と思いました。

 

このパターンは昔ながらの、長時間労働前提のIT業界、特に炎上気味の開発プロジェクトでは日常茶飯事だった。私はこの状況に巻き込まれるのが本当に「嫌」だったので極力回避して生きてきたから、まだこの業界に残っていられるんだろうなと思っている。

また、この記事では「責任者」なのでいいけれど、末端はもっと悲惨だ。プロジェクトが順調でもないので帰るわけにもいかないが、他人のタスクが遅延していてその玉突きで仕事を待たされているので手も動かせない。生産性の低い環境にいるとだいたいそういうことが起きる。自分の手が遅いわけじゃないのに労働時間が長くなってしまう。そういう状況に個人的にはかなりストレスがかかる。

なお、この心の残業の定義がちと古い。在宅で対応していると「職場を離れても」が成立しない。もともと離れている。在宅で長時間労働が常態化するなんて考えたくもないけど、きっとそういう目に遭われている方はいる。そういうときに、もし待ち時間が発生しているのであれば、家にいるのでゲームでもして待つなんてこともできるのだろう。そしてそれを、「サボり」と会社が判断する場合、監視ソフトウェアでも付けてマウスカーソルがアクティブかどうかを監視したりする。在宅張り付けの刑。この待ち時間を発生させているのは会社やろがい、なんで、自宅のイスで仕事が降りてくるのを待ちぼうけせんといかんのかい、なんて思う人もたくさんいただろうな。

イーロン・マスク氏が在宅勤務禁止にこだわるのも、そういう生産性の低い部分を見える化したかったんだろうな。生産性が低くてもストレスを和らげる逃げ場が自宅にはあるんだもの。そしたら「在宅でいいよ」勢が幅を効かせるのもわかる気がする。だって、オフィスで生産性の低い状態って、苦痛だもの。

この状況が教えてくれることって、何しろ生産性は上げたほうがいいということ。手を動かせば動かし多分だけ成果が出る。その状況で、仕事時間中にタスクを「全部」消化すること。一つでも二つでも残っていたら、心の残業が発動する。あれどうしようか、と考える隙を作らないためには全部のボールを打ち返すまで仕事を終えない姿勢みたいなものが重要じゃないかなと思う。

時間外にボールが飛んできたら、時間外にボールを投げた人に、それは時間外に必要なのかと厳しく問う。そんなことをやっていたら休まらないじゃないか。その相手が反論しづらい場合は、次の営業日にやると決めて考えない。この考えないという努力はたまにしている。そんなのボール投げてくる人が悪いんであって無視。その上でそれでもやらなきゃいけないものについてはさっさとやっちゃう。こういうロジックか。

ま、コロナ禍が始まる前から在宅勤務の環境はあったし(システム運用の仕事のため)、もともと「つながらない権利」なんて話もあって、やはりこの業界、メンタルを健康に保つためには経験と工夫が不可欠であるように思う。情報処理が仕事であるからこそ、情報処理がうまくない人には苦痛が多いのではないか。もしくは自身は問題ないけれど、環境がひどすぎる、とかね。

ちなみに私は残業代が出ない働き方なので、心の残業どころか体の残業もお断り志向です。