orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

やりたくないことをやってるヒマはあるかどうか

 

とある記事で「やりたくないことをやってるヒマはない」という話を聴いて、どうだろうな考えてみる。

若い時は、経験のないときは、ほとんどやりたくないことばかりをやらされる気がする。やりたくないことでもちゃんとやってれば認められて、やりたいことをやらせてもらえるようになる・・と思ってたけど、これもちょっと違う気がする。

そもそも、何がやりたいのかわからなかった。よく就職するときに、「貴社のこういうところが好きで入社したいです」「入社したらこういうことを実現したいです」とかいうけど、働いてもいないのになんでそんなこと言えるんだろう。入社しても数年間はわからないと思う。いったいどんなビジネスに自分は携わっているのか。そして仕事ができるようになったら、どんなことが今度はできるようになるのか。

だから、やりたいこと、とか、やりたくないこと、とかは視野の広さでどんどん変わるということ。今やりたいかとかやりたくないかとかより、視野が広がるかどうかを基準にやることを考えたほうがいい。だって、同じことを百回続けても千回続けても、発見する内容はそんなに変わらないでしょう。それより、どんどん違うことを見つけて散漫に物事をやっていったほうが、視野は広がると思う。そういう意味で、やりたいとかやりたくないとかで、やることを決めない方がいいと思う。やりたいと自分が感じる価値観なんて、風速3メートルぐらいで簡単に吹き飛ぶものだから。

一方で、「やりたくないことを積み上げないと、やりたいことにたどり着かないぞ」という説教をするのもちょっとダサいかなと思っている。やりたくないこと、と決めている時点で思い込みがあって、そういう前提こそ外すべきじゃないか、と。とにかくチャンスがあれば何でもやってみるかな(リスクのあることはやらんけど)、みたいな姿勢でいた方がチャンスを拾いやすいんじゃないかと思う。特に余りにも若いうちから、やりたい・やりたくないをはっきりするってのは、視野が狭すぎて、どこに行く道も閉ざされちゃうんじゃないかな、と思う。そのやりたい、ってのも、今の経験で情報処理した結果だよね、と。じゃあ数十年後、あのときにやったほうがよかったか、って問われるときっと答えは違うと思うよ。それぐらい後から考えると自分の判断なんてぶれる。

ちなみに、今、私がやりたいことをやっているか?と問われると、どう答えるか。やってると答えるかな。でもそれって、行きがかり上たどり着いたんであって、こうなりたいからこうなった、という感じじゃない。いろいろと手を付けて、そしてここにたどり着いたのが、やりたいこと/やりたくないこと、で区分けされてはいない。やるべきこと/やったらいいこと、みたいな方が強いのかな。

さて、結論なのだが、やりたくないことをやってるヒマはあるかどうか。やりたいことも、やりたくないことも、ヒマならあるんじゃないですか?、と。基本、人間ってヒマじゃない?。全部やればいいし、それなら、後からやりたくなったこともやれるんじゃないかな、と。やりたいかどうかを選別するぐらいムダなことはないんじゃないかなあなんて思います。