orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

簡単にデジタル化って言うけど、サポート切れをどう考えているのか

 

ちょっとIT関連をかじったぐらいでデジタル人材なんて呼び方をするみたいだけど、徹底的に抜けている観点がある。サポート切れの問題だ。大体の人がノーコードやローコードの方面に行って、業務をちょいちょいとアプリケーション化することを、業務効率化と呼んでいる。

私はかつて同じような景色を見た時がある。Lotus Notesというソフトウェアが市場を席巻した時代があり、たくさんの人がNotesデータベースを作り、その中でワークフローをたくさんまわしたり、ナレッジを溜め込んだりした。

そのうちNotesデータベースが社内に氾濫し、同じようなデータベースがたくさん生まれ、どれが最新だっけ、これは放置、みたいなことになったのをおぼえている。これはきっと、今のノーコード、ローコードでも起きる。

かつ、この作ったたくさんのコードを動かす基盤もいずれサポート切れを迎える。サポートが切れたときに起こることとして、その上で動いているコードが次第に動かなくなる。基盤によって吸収されている処理がたくさんあるので、それらの処理がメンテナンスされなくなるといくらコードを変えなくても動かなくなる。

それじゃまずいので、新しいバージョンへの移行は企画されるが、この互換性が微妙である。前のバージョンで書いたコードがそのままだと動かないみたいなときに、誰がメンテナンスするんだみたいな話が起きる。そして、結構ノリで作ったアプリが使われてしまい、そして作った人は行方不明みたいなこともある。

この、アプリケーションなり基盤なりのライフサイクルについては、長年ITの世界にいないと肌感がわからない。結構な人が作って動いたら満足してしまう。今動いてるけど来年、3年後、動いてるかわかんないよと言っても、デジタルなんだからずっと変わらないじゃんという感覚の方が強い。

言ってみれば、print()という関数があって、単に出力してるだけでしょと思いきや、それが液晶ディスプレイに映るまでにはたくさんの潜在的なコードが動いていて、それらがまた、別の依存するライブラリーを呼び出したりしていて、結構今のソフトウェアは、微妙なバランスで動いていると思う。サポート切れはそのバランスを誰も保証しないということだから、人々が思っているよりもすぐ、動かないときがやってくる。

ここ最近はシステム内部だけでなく、インターネット経由でAPIを呼び出したりもしているので、API側が変わったりすると影響を受ける。古くなってもサポートが切れても動き続けるという敷居がどんどん高くなっている。

今、すべての面でデジタル化するのが善となっているのだけど、あまりにも雑なデジタル化すら許容する状況で、数年度、いろんな場所で矛盾が発生し既存業務が効率化したと思ったら逆噴射してリカバリーが大変になるんじゃないかと危惧している。

まあ、それすらも食い扶持ではあるのだが。3年後、5年後、10年後を考えてデジタル化しなさいよ、と言いたい。