orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

教えるはムダ

 

最近は徹底しているが、人に教えるのはムダだという信念を貫いている。教えた人が永遠に職場にいてくれるならいいが、そんな保証はない。教えるぐらいなら、その時間を使って手順や考え方を残す。残しただけだと他の人に伝わらない。自分のポケットの中で温めていても誰も気が付かない。今回のこの手順について、ここに残したので見ておいて。それだけは伝える。後は、他の人が学ぶかどうかは他の人に決めてもらう。教えられるのではなく、本人が学びたいかどうかに任せる。

もし、誰かがいなくなっても、その資料は残る。その資料があったという事実は他の人も共有するので、ゼロにはならない。これからの時間でなすべきことは、誰かを教えて育てることじゃない。誰かが入ってきたときに学びたいと思ったら学べる環境を作る。これからの時間はできるだけそのために費やす。

そう考えたときに、組織に、エントリークラス、つまり未経験ばかり入れるときっと行き詰まる。教えたい情報のレベルが高すぎて、高いレベルの資料ばかりあっても下から登ってこれないからだ。だからもう一つの策を考えた。外部の中級以上の技術者と連携する。私個人で突っ走っても後ろを見たら誰もいないという状況も現実的だったので、とりあえずチームにすることにした。ミドル・ハイクラスのチームと、エントリークラスのチームを2部構成にし、それぞれで学ぶことについてのモチベーションに区切りをつける。エントリークラスが物足りないなら勉強しなさい、という雰囲気づくり。

世の中がリスキリングを押し出してきている一方で「教えるはムダ」というのは突飛に見えるビジョンだけど、これは譲れない。教えている人は教えているときに学べることは少ない。だからこそ、誰かに伝えなければいけないことは、文書にして閉じ込めて二度と教えなくて済むようにする。

20代30代の方には、20代のうちにいろいろ先輩から教えてもらっていて、自分が教える側に立ったらいろいろ、効率の良いやり方を教えたいと思っている人は多いと思う。しかし、本当にそれはお勧めしない。部下は色んな理由で急にいなくなる。いなくなる人にエネルギーを使うのはムダ。ムダなことなら手短に。人に教えたいと思う前に資料を作ろう。そして、ここを見て、わからなければ自分で調べつつ、詰まったら質問して。これを徹底することで、再度新しい人が入ってきたときの二度手間が防げる。また、部下も教わらないと何もできないようになりがちなので、始めから放ったほうが私はいいと思う。冷たいように見えるが、教えることに没頭する自分というのは、自分に対して冷たいのだ。そんな、割に合わないことを自分から進んでやる人にならないほうがいい。

もう、私は人を信じるよ。みんな、自分で学んでくれる。それが機械と人間との差であって、全部私が部下にプログラミングしなければいけないとしたら、それは機械と同じだ。

だから、もう教えない。人は人であるなら、自分で学ぶべきだ。