orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

何もしないことを評価される人/何かすることで評価される人

 

人の評価って難しいですよね。

普通は、ある一定期間において、何を成し遂げたかで評価するものですよね。でも周りを見渡してみると、そうじゃない基準の人がいます。一定期間の間に何も余計なことをしなかった、ということで評価を受けている人がいます。

何かすることでむしろ余計な問題を増やす、という評価を下されてしまっているので、むしろ何もするな。今の状況を保て、ということなんでしょう。保っていれば評価するからと。毎日、新しいことを何もせず、日々をまわしていることだけを望まれると、評価も自ずと、何もしないことが評価の対象となってきます。

新しいことを何もしちゃいけない、というのは怖い話です。私ならつまらないと思います。でもそれが仕事ならそうしなきゃいけない。日々、保つことを目標に。昨日と今日と明日をできるだけ等しくする、そんな仕事。

そこまで厳しく新しいことをするな、って人はいないでしょうと思いきや、私はなんだかそういうミッションの人、かなり世の中にいるんじゃないかと思ってます。そういう場所に改革志向の人が来たらきっとぶつかります。よりよくしようと思って入社したのに、何かしようとするたびにそれはウチの組織に合わない、それよりウチの組織の仕事を早く覚えて欲しい。いや、それが無駄だからと説得するも、あなたにはその大事さがわからないんだの一点張り。

こういう組織のほとんどの業績が、なだらかな右肩下がりです。当然です。何も新しいことをしなきゃ尻すぼみです。しかし、逆にリスクを避けに避けているので、大幅な減少もありません。経営がその状況を望むなら、これが正義だというケースもあります。

これ以上リスクは取らず安定的に経営していきたい。この組織に関しては新規投資を控え緩やかに縮小させ、その分別の事業に新規投資を振り向ける。など。

こう書いてると、本当にそんな縮小均衡な組織では働きたくないと思う一方、そういう組織がたくさんあることにも気づかされています。

あとは、働く側の問題です。何もしないことで評価されることをどう捉えるか。何もしないで何も起こさないことにも案外学ぶべきものはあります。一概に否定はできません。何かやることで混乱だけが生まれ消滅が早まったり破滅することだってあります。

それとも、何かしないと評価されない場所に飛び込み、自分自身がリスクを取って挑戦するか。飛び込んだ結果新しいことが失敗に終わり、それを厳しく評価される恐れもあります。

日本全体で、働く人たちは常にそういう葛藤をしているんじゃないか、と思います。

評価とは簡単ではありません。それぞれの場所で求められていることが全然違います。そして自分自身の志向とフィットしているかは、常に自分に問いていかないといけません。同じことをしているのに、真反対に評価されるのが、会社員の不思議なところです。