orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

初代プレイステーションの思い出と、Nintendo Switchの逆襲

 

初代プレイステーションの思い出。

初代プレイステーションの発売日が1994年12月3日だった一方で、任天堂の主力ニンテンドー64が1996年4月21日だったから、任天堂が明らかに大きなシェアを持っていたスーパーファミコンを引っ張り過ぎたと思う。

その頃のスーパーファミコンの大問題は、ゲームの値段がインフレしていたこと。当時1万円を超える値段まであった。これはカートリッジにストレージを持たせたことにより内蔵の半導体の値段がコストになっていたからだ。ゲームそのものの値段よりメディアにお金がかかるのはいただけない。

一方で、初代プレイステーションはCD-ROMをメディアに使っていた。CD-ROMの1枚の価格はカートリッジに比べて相当安いので、ゲームの値段も下がった。

そのうえ、初代プレイステーションは3Dテクスチャを表現するためのハードウェアを内蔵していたので、スーパーファミコンと比べるとかなりリッチな表現ができた。そしてCD-ROMの容量がカートリッジに比べて莫大に大きいので、ゲームクリエイターの制限が外れて革新的なゲームがたくさん生まれた。

ちなみにスーパーファミコンのカートリッジの容量は最大でも6MBだったらしい。CD-ROMは540MBなので、格が違う。一方で「Now Loading」が遅い問題も突きつけられたが。それでもユーザーは飛びついた。

さて、このニンテンドー64だが、結局カートリッジを採用してしまって、容量も最大64MB止まりだった。プレイステーションに対して後発だったにも関わらず劣る部分も多かったし、しかもその後の「ファイナルファンタジー7」の発売がプレイステーションで1997年1月31日に出ることが告知された段階で勝負がついてしまった。私もこのタイミングでプレイステーションを購入したクチである。

※ちなみに、この後ニンテンドー64も買ったし、GAME CUBEも買ったし、Nintendo DSも3DSも、WiiもWiiUも、Switchも買ってる(Switch x 2とSwitch Lite x 2)。

※もっと言えば、プレイステーションも、初代、2、2の小さいヤツ、3、4まで買ってる。PSPも2回くらい買った。

※ダメ押しに、Xboxも、Xbox 360を買ってた。(買いすぎ)

このファイナルファンタジー7はCD-ROM3枚組で、ある程度進むとCD-ROMを交換するのだが、そこからは前のシーンに戻れなくなったりして、懐かしい。容量的には1.5GBくらいで、今のスマホゲームを彷彿とさせるし、案外この辺りが人間が作れる1本のゲームの容量な気はする。今でも100GBとかいうゲームを作っても、なかなか流通させるの大変だもんね。ダウンロードも100GBとなるとしんどい。

一度、プレイステーションに行った流れはこの後、Nintendo DSのヒットから、Wiiを生み出した2004年~2006年までは戻らない。この辺りで盛り返した任天堂は、Wii Uで一度やらかすも、Nintendo Switchで覇権を取り戻すことになる。Nintendo Switchは2017年3月3日の発売である。

プレイステーションは、プレイステーション4まではまだ「ハードウェアに優れたゲーム機」のキャラクターを守り、2006年以降も任天堂との共存ができていた。だが、明らかにプレイステーション5でおかしくなっている。

初代プレイステーションの値段は、39,800円だった。一方のニンテンドー64は、25,000円だった。プレイステーションの価格は高かったがゲーム自体が安かったので市場に受け入れられた。

ところが、今のプレイステーション5の価格は、60,478円(税込)もしくは、49,478円(税込)となっている。後者はディスクドライブが無いタイプである。

Nintendo Switchは、32,978円(税込)ということで、そもそも競合する価格ではなくなっている。

しかも、プレイステーション5が、転売ヤーのために消費者の手元に届きにくくなっている問題がまだ解決されていない。高いわ、手に入りにくいわ、である。

そのうえ、過去の歴史にあったような、ゲームの価格問題がない。Switchでもプレイステーションでも同じゲームは同じような値段である。ダウンロード版なら言わずもがなだ。

そして、プレイステーションのキャラクターであった、「ハードウェアに優れたゲーム機」という要素が、今やパソコン(Steam等)に食われている。パソコンは既にあるのだから、わざわざプレイステーション5を買わなくてもいい、という動機だ。

また、ファミリー層が好むような、リビングのテレビでやるようなゲームは、任天堂の社風もあってNintendo Switchがほとんど持って行ってしまった。CM戦略を見れば明らかだ。そして、一人でやるようなゲームはパソコンで、自室でやることが自然だ。

Steamに、プレイステーションのコントローラーをBluetooth接続すれば、もはやプレイステーション5と同じようなものだ、という理屈もある。

ソニーも、プレイステーション5でしか出ないソフトウェアの開発に躍起だが、さすがにうまくいっているようには見えない。開発ソフトウェアの数が少なすぎる。

今のNintendo Switchの様子を見ていると、「まずはSwtichというプラットフォームを使いこなそうよ」というフェーズであり、次々と有力ソフトウェアが発売され、遊ぶ方としては時間が足りないような状況である。磐石だ。つまり、PS5のハードウェアが、クリエイターにとってもユーザーにとっても、大半が現状ではリッチすぎるのかもしれない。近所のスーパーまで行く用途しかないのに、ベンツやレクサスは要らないだろう、みたいな話だ。

考えて見れば、プレイステーションの隆盛から今に至るまでは、インターネットの歴史でもあるし、私の社会人生活の歴史でもある。世界はどんどん変わっていく。今の常識で未来を見たらそれはまた、二十年後は導けないのかもしれないね。