orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

就職氷河期を生き抜いた結果、この始末

 

私が大卒で新卒入社したのは1997年で、長い就職氷河期の入口辺りになる。どの年がひどかったかという議論はあまり意味がなくて、幸運にも就職してから長い間経済が低迷していたということのほうが重要だ。就職氷河期ということはあまり人を採用するメリットがなかった時代であり、採用しようと思えば採用できる、いわゆる買い手市場だったのだ。だから、採用された人も、ぞんざいに扱われた。お前の代わりなどどこにでもいるのだ、と本当に発言されているのを聴いたことがある。自分に対してじゃなかった気がするがそれはあまり重要ではなく、今そんなことを言ったらパワハラ一発アウトだ。

就職氷河期は2005年までというのが通説らしいが、ということは新卒から10年近くそういう状況を目にして、「あ、これが当たり前なんだ」という間違った認識を持ってしまったことになる。かつ、その後すぐにリーマンショックが起きているので、あまり人を大事にしない感覚は2010年くらいまで続くことになる。

 

この就職氷河期時代に私が何を考えたかというと、現場で切られないための処世術である。とにかく自分に仕事を依存させればいい、と。属人化である。そのためには現場の仕事をどんどんおぼえて、まずはイニシアティブを取ること。彼はできる、彼に任せておけばいい、と。特にメンバーレベルの時の仕事は易しいことが多いので、とにかくやればよかった。そして把握したら次は、それをどう自分のやり方に変更するか。仕事ができる彼の方法をみんな採用すれば、みんな仕事が手早くなるよね、と。そうやって自分好みに仕事を作り変え、周りをも巻き込んでいく。

そこまでやってしまえば、現場は自分の意向を無視して動けなくなる。彼に相談しよう、彼が調整しよう。ここまでくれば現場を追い出されることはまずない。仕事は彼で回っている、という認識を現場に植え付けるのである。

この手法は、就職氷河期のときは鉄板だった。人の増減はいろんな要因で発生するが、仕事のセオリーは変わらない。そして増減は簡単だった。人がすぐ確保できる時代だったからだ。

 

そして、時代は過ぎて令和4年、今はどうだ。

現場は相変わらず掌握している。自分の方法の通り動く。私が抜けると完全に回らない。というより私が回している。私?。残念ながら私の代わりがいない。この方法通り誰かが回せばいいのに、その誰かがいない。自分が切られないことばかり考えていたら、逆に、完全に切り離せなくなり私と現場が一体化してしまった。

むしろ、自分で自分が切れなくなってしまっている。まるで自分の足から根が生えて地面をつかみ、動けないのである。

過去を振り返れば、「人などはどうにでもなった」ので方法論さえ確立してしまえば良かったのが、今や身代わりが用意されないのだ。

人に切られないことばかり考えていたら、切るに切れないどころか、自分で主体的にその場を動くことすらできなくなっているとは。

もしかしたら、もっと前から、自分がそこから去る準備を秘密裏に行うべきだったのかもしれないけど、やはり過去の経験が色濃く、それを潜在意識下で避けてたのかなと思ってしまう。そして、この始末だ。

 

もう反省しても仕方がない。安全に自分を切り離す準備を始めるしかないが、どこまでこの根っこは地中に到達しているのだろうか。少しずつ実をつけ、周りに木を増やし、育てていくしかない。就職氷河期のサバイバル経験が、こういうふうに影を落とすこともあるという話である。