orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

AIと人間の差分

 

AIが、クリエイターの絵柄を機械学習して、新しい絵を作れるってのが今騒ぎになってるらしい。これまでも人間がクリエイターの絵柄を真似して作るのは、二次創作としてグレーゾーンで楽しまれていた。もし黙って絵柄やオリジナルをトレースしてオリジナルとして出そうものなら、SNSなどで追求され炎上するのが今回のパターンだった。

今回はどうなっているかというと、AIの運営元に協力したクリエイターに攻撃が及んでいるらしい。

 

www.itmedia.co.jp

 AI技術を活用して、イラストを生成するサービス「mimic」を巡り、プロジェクトに協力したイラストレーターやマンガ家が誹謗中傷を受けているとして、運営元のラディウス・ファイブ(東京都新宿区)がコメントを発表した。

 

最近は、法律や倫理が追いつく現実に追いつく前に、感情的なムーブメントがSNSで燃え、その矛先がわかりきっていればまっすぐ炎上するけど、今回は複雑よね。

とにかく、誰かがこのAIを潰したくて、何かしなきゃってことで論理武装して、今こうなってるって話だな。AI自体を潰そうとしたって、仕組みもわからない、AIは個人じゃないので個人攻撃も無意味で。

さて、今回は「絵」だけど、絵じゃなくてブログだったらどうだろう。

orangeitems's diaryの全文章を読み込んで、私の作風で1500字前後の記事を書く。内容については軽くイメージを伝えれば、世間のニュースを引用しながら書いてくれる、と。

うーん、そんなもの、使い物になるんだろうか。

私が、未来に考えることを、AIが模倣できるはずはなく、過去の記事を組み合わせてもっともらしい推論を作ったとして、それは、誰の意見なんだろうか。

AIでニュースを作るなんてことはもう実用化されているが、コラム・エッセイという分野においては、個人のその時の感情や気づきこそを、スパッと断面で言語化することが価値になる。そして過去に置いては、そのときの感情で書かれているので、それはそれで価値となる。古い写真のようなものだ。今、そのときのことを書いてと言われても言語化できない。思い出せない。

私が、今思って今言語化することについて、AIはひたすら無力なんではないかと思う。これはシステムではなく、思索である。目的のない思考にAIはひたすら弱いんではないか。AIが統計的に知っている感情は「怒り」「喜び」「悲しみ」「楽しい」ぐらいだと思うが、人間はもっと複雑な感情でなりたっている。このブログを書くことにおいて、いろんな感情を見せながら、事実をひとひねりして、皮肉たっぷりに書きなぐっている。

このブログもはじめは、まとめサイト、キュレーションサイトみたいなことを意識していたけど、今や、個人の感想ブログである。そして、読みに来てくれる人がいて、それは他のブログやネットニュースにはない、色があるんだろう。私自身も気づいていないけど、独特の何かが発せられている。それは、AIには再現できないと思う。この文の源は、過去の文ではないから。週末に日帰り旅行にいったり、仕事でつらい思いをしたり、ツイッターで「はぁ?」って思ったり、いろんなことの脳活動が、この文を書かせている。

だからきっと、AIがどんなに人間の活動を侵食してきたって、結局は人間の、どうでもいいかもしれない活動、重要じゃないと思われている経験、落胆や歓喜、執着、いろんなことが作品たらしめているわけであり、どんな活動をするにしたってその大事さを忘れてはいけないと思う。

それは、どんな仕事にも言えることではないだろうか。