orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

がんばりすぎると損をする、人事評価の大問題

 

同じ仕事、同じビジネス領域にずっと携わっていると、息がつまることがある。がんばって、業績目標を超える結果を残したとする。そうすると、来年の業績目標が、その結果の上に設定されるのである。これって、がんばればがんばるほどハードルが高くなる仕組みだ。

無理をして結果を出してしまうと、来年その結果がそのまま壁になる。

この仕組みである以上、どうするかというと、がんばりすぎないことになる。目標をほんのちょこっと超えるのが安全となってしまう。潜在的にはがんばればもっと結果は出せるのだけど、わざとがんばらない工夫をしてしまう。

結局、がんばればがんばるほど来年以降しんどくなるので、あえてコントロールしてがんばらない方向に画策するのだが、何か無駄なことをやってるなといつも思う。

仕事していて、ループしていると感じた時点で苦しくなってしまうので、やはり数年したらジョブローテーションしたほうがいいのかもなと感じる。新しい分野は勉強も必要だし、結果を出そうという気持ちにかられる。その期間も5年くらいが限度か。

まあ、経営的には、業績目標を立ててそれをクリアすべく人が動くというのは標準的なのだが、おそらくその目標の立て方がおかしいんだろうな、という。機械的に前年実績を上回る目標設定をするんだという暗黙の了解みたいなことを現場が感じると、重い雰囲気になる。がんばることが、ダイレクトにメリットに直結しない。

この、業績目標を設定しそれを達成したかという、狭くてわかりやすい成果主義の悪いところに巻き込まれているのかもしれない。業績なんて、自分のがんばりと数字が比例してはいないと思う。たまたまその手掛けたビジネス領域がニーズが高いものだったり、いい顧客が付いていて、たくさん注文をくれるから、とか、間接的な理由や運も、成果には含む。

むしろ、成果主義もその計算に「どれだけがんばったか」に比例させてくれればいいんだけど。去年のがんばりと同じ結果を出したら「去年と同じくらい」なんて変換されてしまうので、いびつというか歪んでいる。

評価するときには「がんばった」「がんばってない」を絶対評価するべきだ。過去の結果との相対評価にすると、がんばれどがんばれど年々仕事は苦しくなるばかり・・なんだろう。

そろそろ業績で評価されるのではなく、年間で技術的な観点で取り組んだことと、それがどう会社に貢献したか、みたいな評価に憧れる今日この頃である。ま、それを評価できる人がいないから、数字に頼ってしまうのもよくよくわかるのであるが・・。