orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

つまらない人になりたくない

 

つまらない人になりたくない、って言った時点でどこか人を見下している表現にはなるんだろうと思う。でも、あくまで自分中心に考えて、私自身を誰かに「ああ、つまらない人だなあ」と思われるのは耐えられない。だから「つまらない人」という括りはしてもいいと思ってる。

特に、年を取っていくと、つまらなくなりそうで。それは私が若いころに年上の人たち大して思ってたこと。大人たちはつまらない。若い世代のほうが面白いことを知っている。でもお金はないから大した体験はできないけれど。そんな気持ちのまま、もはや大人の年齢になってしまった。

大人になるまでも、つまらない人、にはたくさん会った。でも自分がつまらないから、相手をつまらない人と誤認したのかもしれない。それもあるだろう。でも感じるのは自由じゃないか。反面教師にして、できるだけ、つまらない人には近づきたくない。

・・ということで、noteで有料記事を1本書いてみた。ご興味があればどうぞ。

 

note.com

 

書いてみて思ったけど、これは、自分自身に向けたエールでもある。ずっと、つまらない人になりたくないと思ったけれど、ようやくそのメカニズムと対策が言語化できてきた。せっかく言語化できそうだったのでキーボードを叩いてみたら、なんとか読める形になった。

言語化してみて思ったのだが、おそらく言語化する前から対策に取り組んではいた。それは本能的な感覚で衝動として取り組んだのか、それとも何か苦しくなって止むにやまれず始めたのか。動機はよくわからないが、ちゃんと原因分析と対策の形になっている行動ができてそして結果も出つつある。それだけにちゃんと言語化したら、問題を抱えている人に刺さるかもしれないと思っている。

ここ最近やたら記事を書いているけれど、書いているときに思いついたわけじゃなくって、非言語的な状態でも辻褄は合っていて、どう説明するか、みたいなことを、言葉に変換して言っている作業となっている。

ああ、自分自身はこんなことをずっと思っていたんだなと言う発見の連続でもある。

 

仕事ができる/できない、みたいな尺度だと、勉強するやら資格を取るやらの尺度があるけど、つまらない/興味深い、みたいな尺度だとなかなか正解は用意されていない。ただ、40代のフィールドにいると、この後者の、興味深い人物かみたいな部分って、評価に混ざっている気がしてならない。人を評価するのは人なので、そこで仕事と言ったって人との交わりの中で成立することばかりである。その時に、「つまらない」とか「興味深い」とか勝手に思われているわけである。どちらの方が評価が高いか。相手が誰と仕事をしたいか。この人とビジネスをやりたいと思うか。そういう話だ。

サードプレイスどうこう言う前に、会社でも家庭でも、つまらないと思われる人は、得をしないんじゃないか、・・って。

なんだか深淵なエリアに足を突っ込んでしまった気はするんだけど。

この分野こそ、AIにもシステムにも侵食されない、人間としての矜持みたいな話だと思うんだよね。つまらない人にならないための努力って話は。