人間の心が持つリカバリー能力ってすごいと思う

 

大事件の後に思うのは、人間の心が持っているリカバリー能力のすさまじさ。

あんなことがあったのに、ニュースを見てると、もう事実を消化したかのようだ。

私はニュースを三日ぐらいあえて見なかった。あまりにショックが大きかったので。繰り返しの報道を見たくない。そして、そろそろ落ち着いたかなと思ってテレビを付けたら、なんだかもう、あの大事件が歴史上の事実になったように感じた。

ああ、こうやって、何が起こっても人間の社会は進んでいくんだなと思った。あの日は、テレビ全部が一色で、その他のことは何もないかのようだったのに。

選挙も終わり、そして社会は平静を取り戻している。

色々な人が悲しんでいる姿は見えるけど、それはもう三日後のそれだ、と。人々は大きなショックを受けたことを見事に過去にして、現在を生き、そして未来に進んでいる。

思い返してみると、東日本大震災をはじめとして、人間の心の許容度を超えるようなことはたびたび起きている。第二次世界大戦は国の形すら変えたほど。ところが、それでもその時に生きた人はいたし、我々は歴史の教科書で習った程度の事実としか思っていない。

そりゃあ、ショックが減衰しないで未来に引きずったら終いには何もできなくなってしまうだろうけど、さ。たかだか三日でこんなに社会は元に戻ろうとするのか、と。

リカバリー能力って、こんなにすごいのか。

日本自体が災害の多い国だから、立ち直ることに関しては世界一なのかもしれないけれど。

あと、原因分析しないで忘れる、っていうのも感じる。時間とともに思考しなくなっていくというか、結構今回、大きな社会の矛盾を突き付けたと思っているんだけど、矛盾から目を背けて、時間の力で忘却し、矛盾すら忘れようとしているような、そんな側面も感じている。

これは、「社会はこういう姿である」という表の情報と、「社会は実はこういうふうに成り立っている」という裏の情報について、乖離が大きいということなんだろう。そしてその乖離こそが、社会を安定させている真の「仕組み」だとすると、「仕組み」がある瞬間露わになってしまった。それを時間と、何らかの力で修復が試みられ、多分もう少しすると、誰も何も言わなくなるんだろう、と思う。

ここ数日で起こったことについて、人々はどう飲み込むのか、と思ったけど違った。おそらく飲み込むこともなく、ほとんどの人がスルーして通り過ぎるんじゃないか。表の情報のままでいてほしい、一方で、裏の情報なんて見たくもない。関わりたくないし怖い。そんな理屈なんじゃないだろうか。

何となく、人の心にリカバリー能力があって、どんなショックなことがあっても受け入れて過去のことにして、未来をポジティブに生きていくと思ってた。けど、こんな国家レベルで人々がここ数日ですっかり前に進んでいるところを見せられると、その力のあまりの強さを思い知ってしまった。

畏れすら感じたよ。テレビをつけるのが早すぎたのかもしれないけれど。