ただただ歩み続けると一本の道になる経験

 

これまでのことを振り返ると、いろんな仕事をしてきた。技術系のサポートセンターで何年も電話ベースで仕事をしてきたかと思えば、金融系のデータセンターでは中の人にもなった。会社の社内情報システム部門にいたこともあり、そしてインフラエンジニアとして自社のインフラを預かる仕事もした。今はクラウドを使って、インフラを提供する仕事にいる。

それぞれ、こんな仕事をしよう、と思って担当についたことはない。そこに仕事がまずあり、自分がアサインされた、ということの繰り返しである。だから、実はあまり主体性はない。頼まれたら何でもやるよ、という姿勢の延長でここまで来てしまった。いくら自分が望んでも、仕事が無ければ仕事にならないよね、と。

仕事をすることについては器用な方で、現場で非効率なことを見つけ効率化することは特技の部類でもある。実はプログラマーでも良かったかもと思うときもあるけど、人がやってないことを率先してやろうと思っていたら、インフラの沼にずっぽり入っていたというわけだ。

ふと見渡すとインフラエンジニアなる人は数少なく、少ないならはい私がインフラエンジニアですと言うと喜ばれるのにある時気が付いた。お、インフラわかるのか、わかる人少なくて困ってたんだよ、と顧客がうれしそうな顔で話す。わかりますよー、わかる。実際は自分がわかっているのかはあまり確信はなかったけど、ま、言っといて不足分があれば後で補えばいいやくらいの気持ちで、経験を積み重ねていった。

人によっては計算してキャリアアップし上り詰める人もいるんだろうなとは思う。ただそれが私の場合は、もともと田舎の出身でお上りさんで、しかも大学から一人暮らしでいきなり東京というハードモードなので、なーんにもわからなかった。わからないのでとにかく目の前に出されたものを平らげることだけだった。特に昔はインターネットが無かったので、一般常識がほんと欠けた若者だったと思う。

だからこそ、ふらふらしながら四十代も後半に来ているのだけど、後ろを振り返ると不思議な気持ちになる。今のこの場所は歩いてきた道を通らないとここには来れなかった。しかしここに来ようと思ったわけではない。結果的にここにいる。

無秩序に歩いたら無秩序になるだけだから、これは運が良かったとか、なるようになるとか、めぐりあわせとか、そんな言葉で片付けられたくはない。その時その時に自分の強みと、そのときできる考察を組み合わせて、そして歩く道を決めてきた。歩くのだけは止めなかった。歩いて歩いて、そしたら、なぜか歩いた場所が道になっている。

この道を人に説明すると、なんだか一本の道のように見える。でも、若いころコールセンターをしたから技術的な会話が身についたし障害対応のノウハウも身に着けられ、英語での問い合わせもできるようになり、そして社内情シスの仕事を知ることで事業会社でのIT利用の現実を知り、データセンターの中での仕事で本番の厳しさを知り、炎上する構築プロジェクトでは人間がどんな目に遭うかを知り・・。全ての組み合わせで今の私があるという。

じゃあ、この道を誰かに歩いてほしいかというとそういうことではなく、もっと整備され道があるからあっちの道を行くといいよと今では言える。そんなことを言ってくれる先輩は私のまわりではいなかったから、私は世間に向けて言おうと思う。この前書いたnoteの記事はそういう内容であった。多分、昔の自分を思い出して書いた。こんなふうになってるから、効率よく歩きなさい、って。

たくさんの人が、この道でいいのか?って悩みながら歩んでいると思う。でも、悩んだんなら、不安だけれど誇りをもってその道を歩めばいいと思う。歩かないよりはよっぽどいい。歩かない自分を悩んでるなら、それは歩いてほしい。どこにでも。そしたらきっと、一本の道になる。歩いた量が多い人ほどそれが実感できるはずだ。いろんな畑違いなことをやっても、なぜか一本の道になる。それぐらい人生というのは、愉快だ。