日本人はパワポに疲れた。そして動画に流れたが動画でも疲れている。

 

最近思ったことだけど、あんまりネットでプレゼン資料を見なくなった。もしかしたら皆気づき始めたのかもしれない。パワポ資料は中身が薄いってことを。ワードで数枚にまとめることを字を大きくしてアニメーションを付けて写真や絵を付けて、頭に入りやすい「かのような」気持ちにさせる。でもよく考えると、何か資格試験を勉強するときでもそうだけど、細かい字でたくさん読み込まなければいけない。問題集もたくさん解いて本当に理解しているかを確かめなければいけない。なのに、あんな文字数も少ない紙芝居で何かわかるようになるというのが不思議ではないか。

パワポは「わかる」を乱造するからくり装置であり、世間はわかった結果、何か進んだのだろうか。世の中の技術的負債はなくなり、DXは浸透し、一人情シスは無くなったのだろうか。みんなコンテナになってアジリティーが増し、DevOptsやDevSecOptsでアジャイルになったのだろうか。共創しまくってデジタルソサヤティー5.0は実現したんだろうか・・ってねえ。

つまるところ、わかってないのにわかった振りした連中が、わかってる感じでいろいろやった結果、やっぱりうまくいかないので、そんなうまい話はないかっていうのが今大衆で実感として広がってるんじゃないかな、と。

私も以前は、パワポの資料をたくさん作るパワポ職人だったけど、最近は全然作ろうと思わなくなった。もしパワポを開くとしたら、1枚にびっしり情報を書き込むようになった。どうせ人は30枚50枚って書いても、全然頭に残ってやしない。技術イベントで登壇って言ったって、あんなの雰囲気に酔っぱらってるだけで営業トークして終わりってパターンばかりでは。大衆に本当に技術を身に着けさせたいなら、技術書の一冊でも書いて出版したほうがまだ良い。さわりだけサラっと書いて、便利だよ~、って、そんなのばかりだ。それより、1枚に情報を詰め込んだほうがまだ後々使える。

そう考えると、新しい技術や考え方を採用するときに、パワポを見ても避けて、その関連のドキュメントがどれだけ充実しているかをまず確かめるべきだ。勉強したいと思ったときにその資料があるのか。身に着けやすいのか。これはパワポとは全く関係がない。パワポの「わかる」は幻なのだ。

最近パワポ勢がいなくなったと思ったら、別の場所に移っているという話もある。動画だ。YouTubeで、HowTo的な動画を検索するとたくさん出てくる。

これは2つの側面があると思う。1つは、パワポだけでは内容が薄すぎるので、音声で情報の解像度を上げてコンテンツとしての完成度を上げようとする動機。もう1つは、アフィリエイトとしてお金をいただける点だ。そもそもパワポだけが拝借され、世の中に出回ったところで作った人への還元はないので、WIN-WINなのはうなづける。

また、動画であることで、パワポの中に実践した映像もミックスできるので、本などではカバーできない部分は存在するとは思う。

ただこれも、動画を何回か作った私の感想だが、一本の作品を作るのに時間がかかりすぎる。したがって生産性が低い。YouTubeでなんでも調べて出てくる世の中になっていないのは、作成側のコストが高すぎると言う側面を感じている。パワポほど簡単に動画は作れないのだ。

あとは、ZoomやCanvaなどでカバーされている機能として、パワポを再生しながら声を付け、それを動画にしてくれるサービスもある。これが今のところの着地点であり、それがYouTubeにたくさん上げられている。

少し前のパワポブームは、世の中で何が話題になっているかをつまんでわかるには良かった。それが無くなって、世の中読みづらくなっているところがあるが、もし動画にそれが移ったとしたら、なかなか検索性が低く、少し困っているという現状でもある。

パワポにも疲れ、動画にも疲れ、次は何が来るんだろうか。メタバース?。