オープンクエスチョンの難しいことと言ったらない

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オープンクエスチョンという言葉はご存知だろうか。

人に質問するときに、はい/いいえ、で応えられる質問は、クローズクエスチョンと言う。その逆、つまり、文章で答えなければいけない質問がオープンクエスチョンだ。

「あなたの課題はLinuxの技術力ですよね?」

これは、言い返してこなければクローズクエスチョンだ。まあそうですね、はい、と。もしいいえなら、言い返すだけの論拠がないといけないのだけど、例えば1 on 1ミーティングの場で、「いいえ・・」と言い返すような質問をわざわざするだろうか。雰囲気は悪くなっている。「いいえ・・技術力ありますよ」ってもう、口喧嘩の香りしかしない。

「あなたの課題は何だと思いますか?」

これがオープンクエスチョンなんだけど、これはこれで高圧的に感じないだろうか。課題がありませんというと、成長したいという気持ちが小さいようにも感じられる。とは言え本当に仕事ができて課題がその場にないときもあるだろう。課題って生きるのに必要なの?って。

そもそも、本当の課題を話せないくらい、関係性が成熟していないケースもある。あなたなんかに話せるもんかと。そう、いくらオープンクエスチョンの形を呈していても、本当に相手がオープンしてくれるかはまた別の要素もあるのだ。

「私は、こんな課題があって困っているんだよね。あなたはある?」

そう、やっぱり先に質問者が心をオープンにして、それから相手にオープンクエスチョンを投げかけたほうがいい。おそらく上から目線の質問になるときはそこが欠けている。

ということまで理解して、いざ1 on 1ミーティングを開いてみると、なんだか自分ばっかりしゃべっているようになる。きっと、オープンしてくれないんじゃないかとはじめから諦めているのかもしれない。勇気を持ってどこかのタイミングでオープンクエスチョンを投げかけるんだけど。

「いや・・課題はないっすね・・」

で終わってしまう。

「ないはずはないだろう。考えてみなさい。」

とでも言おうものなら、関係性はなお悪くなってしまう。相手がないって言っているのに否定することになるから。

「そうですか、あなたは課題はないんですね。」

とミラーリングしても、時間だけが経つだけで何も得られるものはない。

というふうに、クローズクエスチョンだとどうしても、はい/いいえで問い詰めているみたいになったり、説教しているみたいになる、という前提知識の上、オープンクエスチョンを増やしてみても、きっとたくさんの人がうまく行かないんじゃないかと思っている。自分がそうだから。

その上で、1 on 1ミーティングが成功する大事なことって、定期的に時間を区切ってやることなんじゃないかと最近は思ってる。やっぱりなかなか心はオープンしない。自己開示を毎回やる。私はこんな課題があるんだ、という弱みを見せ自分はこうしているという話をする。それを毎回アップデートする。そしたら、なんとなく、私もオープンしてみようかという気になってくる。弱みを見せてくれる人には、弱みを相談しやすい。否定されない感じ、これを作るためには何回も繰り返さないと行けないと思う。

これを多分、昔のサラリーマンは飲みの場でやっていたはず。でも我々は未来にいるので、仕事でやりたい。オープンクエスチョンは単なる技術論であり、目的はその先にある。たくさん相手にしゃべらせるためには、実は先に自分がしゃべらなければいけなかったり。そしてしゃべり過ぎて、かつクローズクエスチョンを連発したら、単に説教の場になってしまったりと、ほんとに、難しい。難しいけど多分、今のコロナ渦で必要とされているのは、この、仕事の場で相手の心をオープンにできるか、だと思う。

難しいけど、やるしかない。