orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

ルールの厳しい運用の現場の末路

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ある金融機関が絡むデータセンターでの話。

インフラ運用保守関連の部門に潜り込んでいたのだが、とてもルールが厳しい現場だった。何か作業するときにも、ああせいこうせいみたいな手続きがたくさんあり、とにかく運用上の問題が発生しないようにたくさんのルールがあった。

ルールがたくさんありすぎて、外から入ってきた人もなかなか理解するのが難しいので、ルールブックみたいなものがあった。もし何か問題が発生した時はそのルールブックを守っていたかは重要だった。運用とはルールに基づいて実施されるものであるから、ルールを間違えることが危険であるという文化だった。

ルールをおぼえるために何が行われていたかというと、メンバー全員がルールを印刷し、上から読んでいくという「読み合わせ会」だ。これが毎週あった。全部読み終えるのに一時間くらいかけていたと思う。これを毎週。私の感覚としてはトチ狂ってる現場だったとは思う。だって、長時間労働が常態化し、休みを取れていない人がたくさんいた。社員もそうだったが協力会社も。今だと違法で問題になるレベルで、当時も違法だが何となく文化として見過ごされていた。よくよく思い返すと、あんなに運用ルールに厳しかった割には、自分たちは労働法を軽視していたという、ね。

そこまで厳しい現場ということは、さぞメンバーは教育され、ルールを熟知し安全に運用し障害一つなかったんだろうというと、断じて違う。

メンバーはどうした。ルールを熟知していたからこそ、ルールに合致されているという状態に「最終的になるように」作業した。そもそも長時間労働の巣窟になったいたという状況で、なんとか作業を終えるのに必死だった。だからあらゆる「手抜き」の方法を考えた。

例えば、作業手順書があり、これを印刷しなければいけなかった。そして手順実施の後は、「チェック」を手順が書かれている行に手書きで書かなければいけなかった。

手順が数行ならそれでもいいのだが、モノにより、100ページくらいの手順書になることがあった。特にWEBインターフェースが流行り出したころだったので、画面イメージを添付するのだが、平気で紙を消費してしまう。膨大な手順の量に対して、毎回毎回チェックを付けていくのが超めんどうだった。

結果として、全部の作業が終わってから、1ページ目から順番に、チェックチェック・・とまとめて最後にチェックを付けることが常態化した。

その手抜きチェックの手順書をレビューする側の管理側も、中身を確認して「これ最後にチェックしまくってる、つまりちゃんと手順書を使ってないやろ」と指摘しなければいけないが、なんとなく、現場の仲が良かったのもあり、なあなあの関係になっていた。

結局何が起こったかというと、手順書の漏れ、だ。あるページの手順をやっていなかったためにトラブルが起こった。しかし、チェックはされているのだ。これは不思議だ。作業していないのにチェックはついている。

これが、ルールの厳しい現場の末路だ。ルールが人を守るのではなく、ルールを守る状態ということを作り出すために人が抜け道を探り出すのだ。

長時間労働の激しい現場は、どんどん増員を繰り返していったのだが、結局はリーマンショックが起こり、機械的に人が減らされた。ルールも削減が図られた。思っていたビジョンが間違っていたと反省したんだと思う。何か問題が発生するたびに新しいルールが追加、追加となっていき、ルールのインフレが起こっていた。そしてそのために大量の工数がかかるようになり、しかも前述のようにルールの抜け道を測る人々の性質のために、全体として機能不全に陥ったのだ。

問題が発生したときに対策として設けがちなのがルールである。しかし、ルールを守れば問題が起きないというのは違う。原則としてのルールの量は、人が理解するためには一定量に抑えねばならず、そこからは、個々のスキルとモラルを高めていく教育こそが重要となると思っている。