自分自身が何を知っているか、を知ることは案外難しい

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あなたは何を知っていますか、と言われすぐに答えることができるだろうか。

できる、というならば、説明が終わるのにどれくらいかかるだろうか。5分?、10分?。いや1時間?。

私が初めてその問題の存在を認識したのは、転職の際。面接の中で職務経歴書や履歴書を元に第三者に自分のことを話さねばならない、が相手はそんなに長時間黙って聴いてくれない。しかも自分が知っていることを相手に話したと言って、それを相手が100%理解してくれることはありえない。特に専門性が強ければ、相手にその専門性が備わっていない限り「へー」である。

例えばであるが、私がiPS細胞のことを1時間語ったと言って、だれがそれを理解できるだろう。理解できなければいくら知っていても伝えられない。

伝える問題を乗り越えたとしても、じゃあ何を伝えるかという問題もある。iPS細胞のこと以外にもいろいろ知っているのに、iPS細胞のことだけでも1時間語れてしまうのであれば、相手にiPS細胞のことに詳しい人、と誤解されてしまう。

結構、自分自身が何を知っているか、を説明することは難易度が高い。それは前提条件である。

その上で、じゃあ自分に自分で説明してほしい。その場合完全に理解度の問題は乗り越えられる。だって、自分の知っていることを自分が理解できるのは当然だから。じゃあ簡単か?。これはNOだ。自分が知っていることを、自分が知っているとは限らないのだ。

脳とは引出しのようなもので、おぼえているけれどもそこに何が入っているかを知り、必要な時に引き出せなければ使えないと聞いたことがある。これは忘却の問題だ。時間が経つごとに人は思い出す訓練をしないと完全に忘れてしまう。ただ、引出しに何もないのと、何か入っているのに引き出せないのは、これも違う。思い出すことと新しく習得することは、コストが違う。思い出すことが圧倒的に速い。だから、いくら勉強したって勉強した先から忘れていくから、何の役に立つかわからない、と言う人は誤解している。忘れる=なくなる、ではない。引き出しには入っているのだ。

この現象を考えると、自分が何を知っているかということは、実は定期的に棚卸しが必要だ。引き出しだけに棚卸し、よくできている話だけどこれは自分で考え付いた。

私はこの分野をこれぐらい知っている。どうせ他人は、知っているというのはどれぐらい知っているの?くらいしか興味はないので、くわしい・ふつうに・概要くらいは、くらいの解像度で十分だ。どれぐらい知っているか証明できるかと言われたときに、対応できるかで考えればいい。ウソをついたらいつかバレるので止めた方がいい。また、自分のためにやるんだから見栄を張ってもしょうがない。正確にやろう。

「この分野を」なんて言うとあいまいだが、分野の中でも細かくカテゴリーを分けていくとなお良い。ITといってもアプリケーション開発とインフラがあるし、インフラと言ってもネットワークと仮想基盤とOSと、のように分かれていく。その分類は自分勝手で構わない。だって説明するのは自分だから。自分がわかりやすいように「知っている」を分解し、自分が何を知っているかを客観的に表現するのだ。表計算に書き出しても構わない。

一度作って安心していたら風化してしまう。前段の忘却は、時間とともに反映されていくし、新しく勉強したことも加えていかねばならい。そうやって、自分自身の知っているを絶えずアップデートしていくと、必ず、誰かに自分が何を知っているかを説明する場面が出てくるのできっと、役に立つ。

今後、会社の雇用環境がジョブ型になる、という話題があるがきっと、会社もジョブディスクリプションを整理する中で、「あなたはこのジョブができるか」という議論になってくるのは必至だ。できます、できません、やりたいです、をはっきりさせるために、自分自身が何を知っているかを整理してみよう。