雑記ブログは生き残れるか

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ブログという媒体を運用してきて感じるのは、基本的にはGoogle検索からの流入に頼ること。一時ははてなブックマークから、というのも主力だったけど、何となくサンドバッグになりがちだったので敬遠のためコメントをオフにしたら流入も減った。そりゃそうか。

ということでGoogle検索が基本となるため、どうやって検索結果上位に行くかというと、一つ気づいたことがある。媒体自信が「ニュース」に近いかということだ。ニュースというのは客観的なスタンスが求められる。何かの主義主張に寄っている意見は避けられ、科学的なものの考え方が必要だ。そんな媒体を「ニュースサイト」と人は呼び、人々は個人の意見を見るのではなく、ニュースサイトを見ることを習慣としている。ニュースサイトにも個人の意見は掲載されるが、たくさんのものの見方の中の一つとして紹介するのであり、特定の個人の意見がニュースサイトを占めることは基本的にはないという前提となっている。

しかし、よくある話で、ニュースサイトも社会全体にあるバイアスからは逃れられない。五十年前くらいまでさかのぼれば、ジェンダーギャップなりパワハラやセクハラなり、喫煙文化なり、今では忌諱されるような習慣・考え方が当たり前のような状態であった。そんな社会にあるマスメディアの記載や意見もそれから逃れられるわけはなかったし、それでも正しさとは何かという態度によって、だんだんと今の状態に変わって来た。今ですらもあるバイアスだが、今後また改善されていくのだろう。

つまり、ニュースサイトと個人ブログの間には実はそんなに明確な差はなく、Googleがニュースサイトと考えるかどうか、で検索結果に大きな違いがあるということである。

当ブログのように、個人ですよ、と強めに出せば出すほど流入は減るのだ。一方で、特定の個人がやっているのに、ニュースサイトを装い、ニュースであると明言し、更新を続けかつ、たくさんの方がリンクを貼って影響度が強いサイトとGoogleに認定されるほど、流入は増えるということだ。

そう考えると今の当サイトの運営の仕方については、アクセルとブレーキを両方踏んでいるような形であり、ベストプラクティスとしてはニュースサイトを装うことだと思うが、あくまでも個人の意見なので、もうこのフォームは崩しようがない。今のところ詰んでいるのかもしれない。

まあそれでも、Googleの検索アルゴリズムが急に変化する可能性も捨てきれず、かつこうやって毎日書いていることでのプライベートに対する作用、つまり「毎日1500字書いてたら、そりゃ仕事でもライティング能力は向上してるし、人に話をするときでもスルっと論理的に説明できるようになってるでしょ」というのは否定できないので、続けることにするはする。

まあただ、バズってアフィリエイトで~、なんて考える場合は、こんな戦略の無い方法はあんまりお勧めできず、

・テーマを絞る
・ニュースサイトっぽくする
・コピー記事は作らず、オリジナルで構成する
・わかりやすい

なんてポイントを守れば、結構成功するんじゃないかな、と思う。もう1サイト私も作ろうかななんて思ったけど、仕事が最近忙しいので、今んところはこのサイトだけにしておこう。

雑記ブログは生き残れるか、と言う質問には、生き残れないかもね、という回答がふさわしいのかもしれない。ただ書くこと自体に価値を見出すならば話は別で、いかに見られなかろうとも、そこに存在するだけで価値はあるのかもしれない。いつか流れが変わったら一気に見られるかもしれない。そのときを見据えて、毎日書き、ただただライティング能力と説明能力を上げていく。これができるのがいい雑記ブログの続け方なのだろう。