orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

なぜ「45歳定年制」は批判されるのか

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世の中には憲法や法律があって社会の秩序を守っているのですが、これはあらゆる人に適用されますよね。日本は現在人口一億二千万人だそうですが、全ての人々が守らなければいけないルールって、できるだけ全員が納得する内容でなくてはならないですよね。しかし、ある人にとってはとてもいいルールでも、ある人にとっては全くダメなルールであれば、これを法律にするのは辞めた方が良いと思います。

 

例えば、今日話題に上がった45歳定年制。すっかり炎上して、釈明の運びとなりました。

 

www.yomiuri.co.jp

サントリーホールディングス(HD)の新浪剛史社長は9日、オンラインで開催された経済同友会の夏季セミナーで「45歳定年制にして、個人は会社に頼らない仕組みが必要だ」と述べた。

SNS上などで批判が集まったことから、新浪氏は10日の記者会見で「定年という言葉を使ったのは、ちょっとまずかったかもしれない」と釈明。その上で、「45歳は節目で、自分の人生を考えてみることは重要だ。スタートアップ企業に行こうとか、社会がいろんなオプションを提供できる仕組みを作るべきだ。『首切り』をするということでは全くない」と述べた。

新浪氏は、政府の経済財政諮問会議の民間議員を務めている。

 

そうですね、これは何がまずかったかというと、45歳定年制を法律化したときに、ある人にとっては「全然問題ない。むしろそういう節目と考えている。」と歓迎する人もいるかもしれません。特に成功体験を重ね、大企業の社長を何社も務めている新浪社長に取ってみれば、この制度が法制化されても、何も自分自身の人生に悪影響をもたらすことはないと考えて当然でしょう。

そもそも新浪社長、現在62歳でいらっしゃるそうですが、17年前の44~45歳のときに転機を迎えています。

 

新浪剛史 - Wikipedia

2003年(平成14年)5月 株式会社ローソンの経営に専念するため三菱商事退職
2003年(平成14年)5月 株式会社ローソン代表取締役社長兼CEO就任

 

そう、ちょうど会社を退職されて、三菱商事からローソンに移ったころです。ここで人生のステージが大きく変わった方なんですね。

だから、45歳定年制。いいじゃないか。そういう発想をされても不自然ではないと思うんです。

しかし、今の立場がまずかった。政府の経済財政諮問会議に入ってしまっているということは、立法の場に足を突っ込んでしまっているからです。

いいという人がいるかもしれない。しかし、他の人は大きな悪い影響を被ってしまうかもしれない。その場合は法律に組み込んではいけないのです。

現在、法律上は定年は、労働基準法第47条に、以下の記載があります。

 

1 定年とは、労働者が一定の年齢に達したことを退職の理由とする制度をいいます。
2 労働者の定年を定める場合は、定年年齢は60歳を下回ることはできません(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(昭和46年法律第68号)第8条)。 

 

したがって、今はダメだからダメなんです。ウチの会社は特色を出すために45歳定年制にしよう!なんて社則にすることは禁じられているのです。そこには自由は無いのです。

なぜ定年を法律が定めているかを考える必要があります。

定年はなぜ必要なのでしょうか。

一方でアメリカでは定年制は禁止されています。

日本でなぜ定年が必要なんだろう。それを説明してくれる記事を紹介します。

 

www.growthwk.com

定年制度は「公認された解雇」と言うべきではないかと思う。

一般的には定年"退職"と表現しているが、定年"解雇"とは表現しない。自主性に基づくのが退職のはずだが、本人の意思にかかわらず一定年齢で雇用契約が終了するのに定年"退職"と表現している。おそらく、定年退職ではなく、「定年解雇」と表現するのが実態に合っているだろう。

にもかかわらず、あえて定年退職という表現を使っている点を考えると、非難されずに解雇する手段として定年を利用しているのではないだろうか。普通解雇や整理解雇にクレームが付けられることはあっても、定年退職にクレームは付かないだろう。おそらく、定年退職する人はニコニコして、職場の人から花束とかを渡されるのかもしれない。

 

とてもわかりやすく納得できる記事で、これはアイドルグループやテレビ番組などで、出ていく場合に「卒業」という言葉を使うのとすごく似ています。

解雇というとものすごく波風が立ちますが、定年というと「お疲れさまでした!」となりますね。ほんと一緒です。

日本においては解雇規制がものすごく強く、一度雇ったらおいそれとは辞めさせられない。でもどこかで区切りを付けないと高齢者だらけになってしまう。ということで考えられたのが、定年制度なんだなと思います。

最近の定年年齢を60から65に伸ばしたり、はたまた70まで、と言っているのは、高寿命社会の中で働かないで年金生活をする高齢者を減らすためだということが透けて見えます。

一方で、アメリカにおいては解雇規制が緩いので、定年なんていらない、そういうことでしょう。

 

で、話は戻って45歳定年制です。つまり、45歳過ぎたら経営者が自由に社員を解雇できるようにしたらどうか、と読めます。

この条件に対応できる人は、転職価値がある状態に45歳までにステップアップできた人、ですよね。もし解雇されるような状況があっても自分の力で切り開いて、別の会社で活躍できる確信のある人ですよね。

45歳以上が全員切り開けたらそれは法制化しても誰も不利益はないと思いますが、そんなことは絶対にないでしょう。社長が社員に哲学として言い聞かせるのは許されるかもしれませんが、これは法律の議論です。もし、社会にたくさんの不利益者を急に出現させてしまったら、社会全体が不安定化してしまうのは明らかです。

しかも、45歳までに成功しないと、途端に生活が不安定になるというリスクが45歳未満にのしかかることになります。45歳以降の未来が設計できないのに、20代は結婚したり子供を設けたり、ということになおのこと不安を持つことになります。

「社会がいろんなオプションを提供できる仕組みを作るべき」との釈明のコメントも出ていますが、今でも十分にできているでしょう。定年制があるからといって転職してはいけない理由など全くありません。

45歳で転職するメリットを新しく創設するというのならわかりますが、むしろ定年制とは全く関係のない議論となります。45歳で転職したい人ばかりではありませんから、政府と近い立場から話すのはとても望ましくないと思います。

 

今日、たまたま、憲法における「権利」と「公共の福祉」の関係を復習しました。

 

benesse.jp

権利をすべての人が勝手に主張したら,ほかのだれかの基本的人権を奪うことになってしまうかもしれません。

このようなことを防ぐために,日本国憲法は第12条の後半で次のように定めています。

「国民は,これを濫用(らんよう)してはならないのであって,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」

「これ」とは,憲法で保障されている自由や権利(基本的人権)のことです。基本的人権は自分ひとりだけのものではないので,わたしたち国民は,他人の権利を侵害するような権利の使い方(=権利の濫用)をしてはいけません。国民には,社会全体がよくなる(=公共の福祉)ように,権利を利用する責任があります。

 

45歳定年制で良くなる人がいたとしても、悪くなる人が一方でいたら、法律にはふさわしくないのです。

もしくは、経営者がもっと解雇権を得たいあまりに、労働者の権利を侵害しようとしているようにも見えます。

どちらにしても、政府の立場で発言するのは非常に危険だと思います。

社会全体がよくなるような提案を、ぜひ経済財政諮問会議にはお願いしたいと思っています。誰かの基本的人権を奪うような意見はやめていただきたい。