orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

市場の真ん中を狙うということはどういうことか

f:id:orangeitems:20210404180259j:plain

 

学校を運営しようと仮に思う時、偏差値によって高校のレベルは分けられる。かたや75くらいの超名門校から30くらいの学校まで。自分のレベルに見合った学校を学生が判断して試験を受け振り分けられていく。

一方で、学校業界はおそらくこれから、少子化の波を受け淘汰が始まる。絶対数が決まっているのだから、学生の取り合いになる。学生を集められない学校は早いうちに精算しなくなっていく運命にある。

ここで考えなければいけないのはどういう学校づくりをして、学生を集めていくか。そりゃあ、優秀な学生と優秀な先生を集めて、学校を名門校にしていく。そう考えるのが普通だと思うが、私は今違う考え方を持っている。

生き残るために一番良い方法は、偏差値50を目指すことだと思う。真ん中。偏差値45のゾーンの人も頑張れば入れるし、偏差値55くらいの人も入ってくるかもしれない。正規分布の世界であるならば、一番人数が多いのだ。下手に偏差値が上がると、例えば偏差値65なんてことになると、偏差値60~70くらいがターゲットとなるが、自然と志望する生徒の数が減っていくことになる。偏差値が上がったのに黙っていても志望者減、だ。

逆に、下がってもいけない。偏差値30の学校に、偏差値50の人が入るだろうか。よほど特殊な事情が無い限り志望しないだろう。偏差値30の人たちも少子化で減っていく。地域で独占できるなど事情が無い限り、下がり過ぎるのもまずい。

つまり、優秀過ぎてもいけないし、落ちすぎてもいけない。偏差値50の世界を耕すことで一番大きいマーケットにぶら下がることができるのである。

この話というのはビジネスにも当てはまると思う。そこそこの値段でそこそこのサービス、という需要は案外大きいのだ。素晴らしいサービスだが値段が高いのはダメ。素晴らしいサービスで値段はおさえられるけど数が出せない、これもだめ。このケースの商売はよく聴くが、単に素晴らしいのに値段を抑えてしまったら、すぐに供給がリソース不足でできなくなってしまう。たくさん出すためには、サービスはほどほどを狙う必要がある。たくさんコストをかけているのに値段を下げるというのは、それはビジネスとして成功はないと思う。

1980年代に日本製品が世界を席巻した時代が確かにあったが、あの状態をキープできなかったのは、使われもしない機能をどんどん付けてボタンだらけにしてしまい、かつ値段が高くなってしまった。一方で発展途上国の製品が、日本製品に比べて品質では劣るも、そこそこ使えて安く手に入れられるようになってしまった。結果として、日本の製品はニッチの取り扱いを受けるようになってしまい、今ではほとんどの市場を取られてしまった、と言うことを思い出します。

何の思いも無く、単に品質を上げ値段を上げ、では冒頭の学校の例のように、需要が消失してしまうかもしれない。一方で、品質を下げてもいけない。そこそこの品質を保つこと。そこそこの値段を保つこと。

私が学生のころは、高い偏差値を求めて受験戦争、と言う時代でしたが、今になって学校側の気持ちになって俯瞰で考えると、違う世界が見えてくるな、と思った次第です。