orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

陳腐化した仕事を止めるにはどうすればいいか

f:id:orangeitems:20200912093014j:plain

 

 

仕事は複数の人間が分担することによって成り立っています。全体を見渡すと、なんでこの仕事はこういうやり方をいつもやっているの?と疑問に思う瞬間があるのですが、他人は当たり前のようにやっている、なんてことはよくあることです。

じゃあ、それ、やめてみませんか?。と言いたくもなるのですが、この仕事を無くすことについては技術が必要だと思われます。

というのは、その仕事が始まったときには、必ずその動機があるからです。例えば、何かの問題が起こって、その問題に対する再発防止策のために始まったとか。その場合はその仕事を取り外すことによって、過去の問題が再発するかもしれません。もしくは、自分の知らない工程につながっていて、後になってからその仕事を取り外したことが影響してくるかもしれません。

なかなか、慣習となっていることを無くすのは勇気が必要です。

しかし、そうやって、過去の慣習を全く見直さず、頭カラッポでどんどん時間を積み重ねて行くと、新参者にはわけのわからないワークフローができてしまうという現象は日本各地で起こっていて、実際に社会問題化してしまっているのでは、と思うことがあります。

話題になっている、宝塚音楽学校での出来事。

 

www.asahi.com

先輩が利用する阪急電車への一礼、先輩の前での決まった表情、先輩への過度な提出物――。タカラジェンヌを養成する宝塚音楽学校(兵庫県宝塚市)が、生徒間に受け継がれてきた不文律をなくした。上級生が下級生を一対一で指導する「伝統」もあったが、下級生に負担が生じていたとして廃止に踏み切った。

 

こういう、わけのわからない伝統を、誰も止められないまま積み上げてしまうこと。

過去、私が自治会に参加したときにもこういうことがありました。そのときは、前の部長から紙袋3袋分のファイリングを渡されました。大量の紙ドキュメントが挟まっていました。中身を見ると、過去の報告書やら資料やらが保管されていました。

それらと引き継ぎ資料を受け取りつつ、こんなのやってられるか、と。給料ももらえない役割に、複雑な業務がセットになっているのと。

仕方がないので、全部の資料に全部目を通し、明らかに不要な資料を1か所に集めました。過去がんばったのはわかる。それをなぜストックしていかないといけないのか。

そもそも、この部の役割ってなんだっけ?。

全ての処理が終わるころには、Wordで3枚くらいのToDoリストができあがり、紙の資料は全部不要と判断しました。

結果として、次の自治会の担当の方には、資料を渡しませんでした。捨てるのは忍びないので、一旦保管し、もし万が一何か必要なものが含まれていたら、問い合わせが来るだろうとバクチを打ちました。

しかし、もう3年ほど待ってますが、何も問い合わせはありません。

そんなもんです。みな、止めることで派生する責任を怖がって、何となく続けてしまうのが正体です。

 

日本には創業の長い会社がたくさんあり、そう言った会社でこの悪しき習慣ははびこっているのでしょう。

本来は新しい企業が出てきて、古い企業を衰退させ新陳代謝していくことが健常だと思います。過去の要素を一つ一つ洗い出すより、一から新しく作ったほうが良い、というのは感覚的にわかります。

しかし古い企業は自分から会社をやめるわけにはいきません。おそらく新規に子会社や事業部門を立ち上げ全く新しいワークフローで、新しいルールで実施するのが最善手なのでしょうね。

もし、悪しき習慣が積み重なっている組織でもがいている人がいらっしゃったら、そう言った目線で新しい職場を探した方が良いかもしれません。それは社外だけではなく社内にもあるかもしれません。