orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

国語

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昨日アップした、「子供の成績と、世帯年収/父親の学歴」の関係に対する考察 という記事が数か月ぶりにヒットして、ああ、教育問題というのはかなり裾野の広い問題なんだなあと感じました。子供を授かった方は必ず通る問題であり、それぞれの親はそれぞれの哲学があり、そして子供は否応なく巻き込まれていきます。そもそも自分自身が誰しも子供だったわけで、人生への考え方、まで踏み込むお話でした。

この件でいくら普遍的なことを言おうとしても、まあ、基本的にはひろゆき氏の言う「あなたの感想ですよね」であり、私の環境や性格、そして実際の結果が大きく反映されたお話となります。まあただ、ここは個人のブログですので、感想ですが何か?、という感想です。

また、国語の問題も少し感じるところはありまして、同じ文なのに読み手によって随分解釈が変わってくるようです。芸術作品は事前知識無しに味わうと感覚だけの問題になってしまうので、時代考証や当時の資料などでできるだけ定義を客観的にする活動を学者はよくやっています。いやいや、芸術なんて自由でしょ、先入観なく受け手の感性で解釈するべきだろうという考え方も一方であります。どっちが正しいかなんて誰かが問い始めるときりがありません。ただ、私のブログ記事は芸術作品ではないので、そういった高尚な話ではなく、読解力のあるなし、というレベルのものもあります。読解力がないと、違った意味で捉えてしまいますから、これはもうコントロールができません。「空が青い」と書いたときに、「なんで地面は茶色ではないんですか?」なんて質問されても書き手にはどうしようもありません。学生時代に国語の授業があったときに、私は現代文が超得意で、むしろ勉強しなくても点数が取れていて、一方で全然点数が伸びない人もいて違和感がありました。今もブログをこうやって書き書きしているということはやっぱり、学生の時に何らかの手段で国語をしっかり身に着けたんだなと実感しますが、一方で、この記事を書くという行為が万人にそのままその通りに届くと思ったら大間違いだということも認識しています。

日本で暮らし日本で働くとして、なにがしかのスキルを身に着けて社会に貢献することで、給与を頂けるわけです。そのスキルのことばかりが注目されるこの世の中ですが、結局は国語が肝じゃないかと思うことがよくあります。すっげえスキルを持っていても、要件をきちんと定義できないとモノはできません。ほとんどのケースで要件は、第三者の人間から発されるものです。どうやってそれを受け取るかと言えば、やはり国語です。話すかもしれないしドキュメントかもしれない。しかしとにかく、日本語で書かれている。そこで書かれていることを100%受け取れないとどんどん抜け落ちていく。抜け落ちるどころか、違った意味に捉えてしまうかもしれない。

上司や部下、同僚と仕事するにしても、他人がAと言ったことをBと勘違いし、必要のない怒りや憎しみをおぼえるかもしれない。家族や恋人ともそうなるかもしれない。

現代において、よくこういった議論は、コミュニケーション能力に置き換えられます。いわゆるコミュ力と訳され、「どうせコミュ力ある人が優遇されるんでしょ」というような議論に落とし込まれていきます。私はこの議論、偏りがあると思っています。コミュニケーション能力と言った途端に、表情やしぐさ、態度などノンバーバル(非言語)コミュニケーションまで踏み込んでいくことになります。これは大学の心理学の授業で習った記憶があります。しかし、そこまで含める必要は全くありません。もう、本当に狭義の国語の話だけで十分です。そこに書いてあること、言った内容、それそのものをそのまま理解できるかどうか、です。コミュニケーション、communicationはITの世界では通信という意味も持ちます。Source(通信元)とDestination(通信先)があって成立しますが、国語の問題はそこまで厳密ではありません。文自体はもうそこにあるので、あとはそれを正しく解釈できるか、だけです。

SNSも、この国語力を基礎として成り立つはずですが、国語力がない人が間違った解釈をし、誤解を通じた負の感情に任せて反論する、のようなパターンがたくさん見られます。基本はこのような現象は無視する、のがいいとされていますが、少し無力感があります。正しく伝わればもっと世の中はスムーズになるはずなのに、と。

---書き手の私の国語力の問題、かもしれませんが。

まあだから、インスタやTikTok、YouTubeなど、あまり国語のいらない写真や動画媒体が流行するんだろうなと思いつつ、私は相変わらず国語で伝わるかどうかわからない文を書き続けるか、と、Stay HomeなんだかGo To Travelなんだかよくわからない四連休の過ごし方を吟味している最中です。