orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

就職氷河期世代の教育/世の中は競争だって教えられた

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就職氷河期世代の教育

就職氷河期世代の思い出です。

私の世代は団塊ジュニア世代と呼ばれていて、同級生が多い年代でした。したがって受験戦争、と言う言葉の通り何でもかんでも競争でした。

小学校の通知表は5段階評価でしたが「相対評価」で決めていました。10%くらいにしか5(最上級)はあげない、みたいな制度で、ということは30人クラスなら3人しか5がいなかったという計算になります。その学校の生徒のレベルが高ければ不利だし、低ければ得。勝負はクラスの中で繰り広げられました。

中学校に行くともっと見える化され、学年の中で何位なのかという成績表が中間テスト、期末テストのたびに手元に届きます。高校も同じ感じのシステムでした。

つまり、その場にいる人たちの中で優秀なのか普通なのか、それとも劣っているのかが区別されていきました。

高校受験も大学受験も人数が多い分競争率も高く、本当の志望校に行ける人というのはやはり限られてきて、大多数の人が挫折を味わうシステムのようになっていたように思います。

今の教育とは全然違うこの状況ですが、根底にあったのは競争です。いい学校に進みいい会社に入ればいい生活ができる。これって今の時代は否定されることも多い概念ですが当時は常識でした。

実際、高校入学でかなりはっきりと振り分けられました。普通科高校。工業高校、農業高校。田舎の学校なのでそんなに種類もなく、ドライに選んだ高校で職業までが振り分けられていきました。同じことが大学受験でもおきます。

そんなシステムなので、とにかく競争。競争。競争を意識して学生を過ごしました。

 

競争の後も人生は続く

私はその「競争」をゲーム感覚で楽しみ、なんとなく乗り切った感はあるのですが、大学生の間にガラリと状況が変わります。バブル崩壊です。何かの大きい証券会社が無くなったり世の中が暗くなったりと、貧乏学生にはあまり関係のない話でしたが、不景気が来たくらいのことはわかりました。

このころに「就職氷河期」なる言葉が実際に出てきて、何百社受けたけど全部ダメ、とか言う話が耳に入ってきます。

私自身は大学院に行きたいな~、くらいに思っていたので就職活動も全くしていなかったのですが、大学卒業間際にして、大学院に行くほどの経済力が現在ないことに気が付いて、とにかく何でもいいから就職しよう。そう思って就職情報誌を買い、パラパラ見ていたら大好きなコンピュータ関連の会社にしようかなと。その中で一番大きな枠を取っていた会社に電話したら「今日はもう仕事納めなので来年電話してもらっていいですか~」と言われ年明けに面接したら、トントン拍子で就職が決まっちゃったという思い出があります。

それが、私の一社目である巨大SES会社との出会いですが、そのころは「未経験で若い人」をSESで稼ぐやり方が生まれたころで、多分運が良かったのだと思います。

昔は「人間」で「若い」なら大丈夫。みたいなところがIT業界にはありました。

・・で、就職して潜り込んで社会人生活が始まったのですが、振り返ると思うことがあります。

自分と同じ世代に現場で会わなかった。

おそらく、各社採用を絞った年代だからなのかもしれません。現場ではいつも、自分より下か、自分より上、という経験をよくしていました。同じ世代と現場で会えないなと。これは当時は不思議とだけしか思わなかったのですが、長いスパンで考えると、どうも就職氷河期世代、やはりきちんと仕事に就けている人が他の世代より少ないのではという感覚があります。

我々、競争を植え付けられて育てられたのに、もしかしたらほぼ全員が、競争に負けてしまったのかもしれません。そのあとに「ゆとり教育」なんてものが始まって競争が否定されてしまい何とも間の悪い世代になっているのではと考えています。

そう、人生を競争と位置付けてしまうと、負け組を生産することとなってしまい、ほんの一部だけが勝てないような貧しい結果になってしまいます。本当にそれを具現化してしまったような就職氷河期世代だと思います。

 

競争ではない思想を持つこと

受けた教育が「競争」なのでおそらくこの思想をどこかで打破しないと、今後浮上するのは難しいのではないかという仮説を持っています。

「競争」という価値観を持つと、就職氷河期世代はどこかで自分を負け組と捉えがちです。いや、競争ではなく共生するんだと。負け組などいないんだと。そういう発想にマインドチェンジすることがここからの活躍のポイントになると私は考えています。

教育を受けた時代の記憶は、非常に鮮明で、そこから脱却するのはかなり強い意志と考え方を身に付けなければいけません。組織に属したときに、この中で勝ち抜こうとしてはいけません。勝ち抜くというのは、誰かを負けにするということと同義です。いや、誰もが勝ちになるためには何をすればいいんだろう、と。自分が勝つためではなく、自分も組織も勝つためにはどうすればいいんだろう。そんな発想って、全く私が受けた教育にはありませんでしたよ。

きっと、就職氷河期世代の受難は、そのころの景気減退・停滞の環境だけではなく、ものの考え方みたいな部分に問題があったのではないか、と思います。

就職氷河期世代は、自分たちが子供のときに何を大事にしろと言われたか。もしかしてあれは間違っていたのではないか。そんな思い出しをし、人生に重要なことを再定義しなければいけない時期だと私は思います。