雑談は職場に必要か
まるで雑談をすると、エンゲージメントが向上し仕事の品質が上がり労働時間が短縮し信頼関係や心理的安全性が向上するような記事に出会ってしまったのでコメントします。
雑談すらせず仕事に取り組んでいたのに、生産性が高いというわけではなかった。部課長や先輩社員から若手への叱責の内容を聞いていると、大半が意識違いや抜け漏れに起因する手戻りなのである。
私の考え方とは違うので明確にしておこうかな、と。
考察
上記記事は、議論をシンプルにし過ぎて極論になっていると考えます。
少なくとも二つの軸があるはずです。
・何も話さないこと ~ わいわい話すこと
・業務上必要なコミュニケーション ~ 全く業務と関係ないコミュニケーション
このミックスが職場のコミュニケーションを成立させています。
私が一番嫌いなのは、「全く業務と関係ないコミュニケーション」が「わいわい話すこと」です。学校で習いませんでしたか?。おしゃべり禁止!って。仕事は集中が必要なのでもうノイズが乗りまくる仕事場は、勘弁です。と表現すると、雑談は職場に不要と言い切って終わりになってしまいます。これが極論の怖いところですが、極論を進めるつもりはありません。
さらに、IT業界にいて思うのが、「全く業務と関係ないコミュニケーション」が苦手な人もいるということです。雑談が苦手で物静か、と言えばわかりやすいでしょうか。そうすると、「雑談は職場に必要」と言った途端に仕事場にいづらくなってしまいます。
細やかに言うならば、業務上必要なコミュニケーションが、適切に話される職場が、もっとも心地いいと思っています。そこで、全く業務と関係ないコミュニケーションが、あろうが・なかろうが、関係ないと思っています。
私の職場はシステム運用の現場なので、自分がオペレーションを行うときに他者に言葉で伝えることは徹底しています。そうすることでマズいことをやろうとしていないか確認できるためです。そうやって、危険なことが起きないように複数のメンバーで助け合っています。だからと言って、雑談が必要だとは全く思いません。
もっと話をふくらませれば、飲み会すら不要です。
ビジネスの場は、究極を言えば、お金が欲しいから集まっているのだと思っています。友達が欲しいから集まっているわけではない。そう言う人はいていいけれど、ビジネスの目的にはなっていません。したがって、その動機を共有している仲間であれば、業務上必要なコミュニケーションは、得手不得手にかかわらず全員が行うべきです。だから寡黙であろうが饒舌であろうが、そこは徹底するところです。
一方で、「全く業務のないコミュニケーション」をしたい人間がいれば禁止はしないのですが、業務に差し支えない程度にすること。これが鉄則ではないかと思います。むしろ雑談をしたくない人は迷惑になる。飲み会が苦手な人も多くいます。だから、私は全く、雑談の有無を仕事に取り入れたくありません。
私個人は、飲み会が嫌いです。また、職場の人たちのプライベートに何の関心もありません。その事実を持って、「結束力がない」「エンゲージメントが低い」「心理的安全性が低い」組織が生まれるかと言うと、そんなことは全然ありません。
同じ目的で集まっているメンバーにおいて、ビジョンを共有し必要なコミュニケーションを定義し、そのルール上でお互いを尊重すれば、雑談は必要でもなければ不要でもありません。結束力やエンゲージメント・心理的安全性を形作る変数から極力除外しているというのが答えです。
だって、雑談が嫌いな人もいるんです。雑談が職場に必要とか、飲みニケーションが重要とか、そういうことで結束力を語ってくる、昔ながらのマネジメントが私は大っ嫌いです。
個人の考えです
とまあ、私の意見は極論なんですが、極論なりに実践できているので、考えをまとめてみました。
私が幼少のとき、親から「あなたはサラリーマンに向いていない。研究者とかそういうのがいい。」なんて言われましたけど、なんとかサラリーマンできています。
確かに40年昔だったら、こんな考え方許されなかったかな、とも思いますが、今の時代は許容されていて良かったな、と思います。