orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

ITエンジニアの肩書

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肩書を考える

話題になっている、エンジニアという肩書についての記事。

 

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結論
・「私は博士です」「博士課程修めてないのに?」と言われてるようなものです。

・ 無資格だと僭称もしくは無知扱いされる可能性があるのでやめたほうがいいです

・ 日本も批准しています

 

考察

単にエンジニアと言うと、車の点検をされているかもしれませんし、飛行機整備工場かもしれませんし、精密機械かもしれませんし、広すぎるので単に「エンジニア」という言葉を気軽に使うべきではないかなとは思います。

ITエンジニア、と言うとエリアが明確化されていい感じ。インフラエンジニアと言うとこの「インフラ」という言葉も結構あいまいで、社会インフラ、例えば電気やガス、水道などもインフラでニュースではこちらの方が当たり前です。

このブログを目にされている時点で、IT系の話でありインフラエンジニアと言えば、サーバーとかクラウドとかネットワークだよね、という暗黙の了解を当てにして、「インフラエンジニアです~」と言っているに過ぎないということになります。

肩書とは、このように、文化や状況を前提として表現される、例えのようなものだと思います。

大企業の方の名刺をもらったときに、

・IT総合戦略事業本部 IT戦略室 リファクタリンググループ チームリーダーの、アーキテクトスペシャリスト

みたいな肩書(もちろん架空ですが)が書いてあって、おいおいおぼえられるのかなこれと思ったことが数回あるのですけれども、おそらく外国に行ったら理解されないんじゃないかなと思います。

その会社にとっては、社員のミッションを明確にするために組織づくりの段階で経営に近い人たちがあれやこれや議論して、まずは組織図を作る。この機能はこちらに、これはあちらに。この担当をこの役員がやろう、みたいな話が、肩書をややこしくしているのです。これはどの会社でもそうです。

肩書の適当な会社とお付き合いしたことがあって、その会社は数年で組織ごとバラバラになっちゃったのですが、どれぐらい適当かというと。SSLサーバー証明書を取得するとき昔は結構厳格で、証明書を取得する企業の責任者は、一定以上の役職(課長以上だったと思う)じゃなければいけませんでした。ただその企業、肩書が適当で、IT担当に肩書が無い。あったけれど「ITグループ」という名前で、グループリーダーも課長もない。だからサーバー証明書を取るときに証明書発行会社に事情を説明して、じゃあしょうがないですね見たいな話がありました。

で、そのITグループの所属長の方、結局は何でもやらされる羽目になってしまい、社員のパソコンが起動しない、からの、床下のコンセントが抜けてた的な業務までやらされていました。多分部長レベルの仕事をしていたはずなのに。

ということで、肩書をあえてつけることで、社内的に、この人にはこの仕事をさせたいと思うので、まわりの社員は空気を読むように、という意図はすごくあるなと思った次第です。

冒頭の、肩書だけで3行ぐらい使うような表現はやりすぎ感は否めないですが、それでも必要なものだと思います。肩書にこだわりのない会社は、仕事ができる人にあらゆる雑務が吸い込まれていって、その人が不満を持ったら途端に組織がぐらつく、ということがありそうな気がしています。

 

社内的な意味のほかによく使われる機能として、人材採用の分野です。新卒でも中途でもフリーランスでも良いのですが、Webエンジニアとかインフラエンジニア、Javaエンジニアとかなんとかかんとか。IT業界の人材流動性は他業界よりも高いので、その人材の特性を一言で言える言葉と言うものは大変必要なのではないかと思います。

だって、

・「うちの基幹システムはJavaで作られているんだけどスクラッチで、ベンダーが作ったんだけどもうさすがに古くて保守もできなくなりそうなので、刷新するプロジェクトを立ち上げる際にリーダーとなってベンダー選定からコントロールして欲しい、Javaと基幹システムをよくわかっている人」

ってタイトルは付けられませんよね・・。

・「基幹系Javaエンジニア」

これで、多分来てほしい人の特性のうち50%ぐらいはカバリングできていて、後は本文で補完していくのでしょう。看板となる言葉なので、誰かに伝わらなければ意味がないのです。ハンバーガー屋の看板を出しておいて店の中に入ったら美容室だったら困ります。

エンジニアは海外では通用しません、って言ったって、それは海外に行くときの表現は海外で醸成されている言葉を取り入れないといけないと思います。一方で、じゃあ日本国内で海外の表現に統一すべきかというと、そんなオリンピック競技にITが採用されたわけではなく、国の事情ごとに言葉が違っていて別に構わないと思っていますがいかがでしょうか。

 

一方で、ちゃんと肩書に「資格」を付けて、資格がないと名乗れないようにするという議論もありますが、これも私は反対です。

一応私は「情報処理安全確保支援士」という資格を持っていて、この前更新のためのオンライン研修を受けたばかりです(結構お金がかかる)。国家資格であり、資格保有者じゃないと名乗ってはいけないと法律で決まっています。

じゃあ、この資格、世の中でどれくらいの人が認識しているのでしょうか。知る人ぞ知るという感じで、弁護士や医師のような国家資格とは全く違う状況です。これはなぜか。資格を取っても限定業務がないからです。この資格を取らないとやってはいけない仕事がない。情報処理安全確保支援士じゃないと、セキュリティーの仕事をやってはいけない、と言う風になれば状況は変わるでしょうが、そんな状況になるわけがない。

別にAWS 認定ソリューションアーキテクトにならなくてもAWSを使って仕事はできるわけだし、資格なんてそんなもんだと思います。個人が勉強するのにモチベーションを上げてくれたり、または業界内で自分のスキルを説明するときに便利だ、ぐらいなもんです。

資格が仕事をしてくれるわけではないので、有資格者でも全然仕事ができない人もいるし、無資格者でもバリバリに仕事してくれる人もいます。

そんな状況で、気軽にエンジニアと名乗られると、仕事ができるエンジニアが困るから資格でしばってほしい、というのは意味がないと思います。資格でしばったところで、じゃあその妥当性は?となるに決まっています。妥当性がないと、誰もツールとして利用しません。別の言葉が生まれるだけだと思います。

 

無理のある話

このように、肩書と言うものは自然発生的に、いろいろな事情で生まれる「現象」であり、これを厳格に定義するのはてんで意味がないのではないかと、ここ20年来IT業界にいて思うことです。

以前もブログで書いた気がするんですが、ある時自分の中でベンダー資格ブームが起こって、20個ぐらいの資格を1年で取った時があります。動機は社内の資格手当が整備されベンダー資格に手当てがつくようになったためでした。

ある日、おそらく上司からだったと思いますが、「人事から資格マニアって言われてるよ」って笑い話のように言われ、私は憤慨して、資格ってアホらしいなと思ったものでした。

まぁそのとき勉強したことは、私の今の血となり肉となってはいると思いますが、もう資格があろうがなかろうが勉強はするし、誰かに証明してもらう必要もないかな、と達観気味です。別に、資格がなくたって仕事はできますからね。

資格には失望もしている一方、うまく世渡りするために使うツールとして考えていけばいいんじゃないかなと思います。