orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

日本の基幹システムがこんなことになってしまった理由を知るために全員が読むべき小冊子(無料)

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全員が読むべき資料

SI企業、ユーザー企業どちらにとっても読むべき小冊子が公開されています。

無料公開です。134ページもあります。

 

www.jsug.org

ジャパンSAPユーザーグループ(事務局:東京都新宿区、会長:数見 篤、以下 JSUG)とSAPジャパン株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:福田 譲、以下 SAPジャパン)は、2018年7月から2019年3月にわたって、有識者による「ニッポンのERP再定義委員会」を組織し、このたび、日本企業のERP導入に向けた提言『日本企業のためのERP導入の羅針盤~ニッポンのERPを再定義する~』を取りまとめ、公開を開始しました。

 

この小冊子をまとめた有識者には、そうそうたるメンバー(ユーザー・SIerの幹部)が並んでいます。

西暦2000年前後に基幹システムとしてSAP R/3が日本でも大流行し大いに導入されたとき、企業の中で何が起こり結局どうなったのか。そして今何を抱えているのか詳細にまとめられています。

SAP側の反省点も含まれていて、ずいぶん赤裸々な資料だなと驚いたのですが全部目を通しました。以下、感想をまとめます。

 

感想

全てお読みいただくとわかると思いますが、読めば読むほど息が詰まってきます。2000年前後のERPブームのときにも、経営者はこれを機にBPR(Business Process Re-engineering、業務プロセス自体の見直し)に取り組みたいと思っていた節があります。

しかし、結局のところ「現場の業務がまわらない」を盾にERP側がどんどん妥協していきました。アドオンと言われる追加プログラムをどんどん作っていって、業務プロセスを見直すことなく巨大なカスタマイズシステムが出来上がってしまった。こんなことが日本のどの会社でも起こったそうです。

本当はERP標準に合わせたいのだけれども、日本独特の商習慣に対して機能がなく、じゃあお客様にビジネスプロセスを変えてもらうかといっても無理です。システムを変えるから取引条件も変えてほしいなんて今の日本でもなかなか難しいのではないでしょうか。20年前ならもっとそうです。

では、その日本独特の商習慣をどうするか。海外の場合はユーザー会の発言が活発でどんどんSAP本社に意見を伝えて標準機能に加えて行ってもらったそうです。ところが日本はSAP本社への要望は行わず、どんどんカスタマイズを作っていった。時間が進んでいくとそのカスタマイズを集めたテンプレートが出回るようになったものの、テンプレート自身がアドオンを含んでいるために中途半端な成果になってしまったそうです。またテンプレート自身が他の会社のビジネスプロセスであるために、自社の差分をどうするか。これもアドオン対応するということで、日本で基幹システムの保守にこれだけお金がかかるようになってしまった、ということです。

また、SAPの構築から保守に至る流れも問題を抱えています。構築時に業務と合わない部分が大量に発生するため想定外に費用も掛かり、人員も疲弊。どうにかリリースまでこぎつけると、もうこんなにコストも人も使ったのだからもういいですよね業務に戻りますね・・、SIerも保守要員だけにしますね・・ということで、どう活用するかという観点がなく、せっかく導入したのにただただこれまでの業務を廻すだけ。と言うことになってしまった模様です。

この今でもたくさんのユーザーを持つSAP R/3ですが、2025年にサポート切れを迎えます。じゃあ次バージョンのSAP S/4HANAにアップグレードすればいいということですが、中身が大きく変わっています。移行しなければいけないのですが既報でもお伝えした通りシステムエンジニア自体が不足しています。過去に導入に携わったユーザーやシステムエンジニアももはや20年前の出来事ですし、また当時の導入が非常に大変だったためにSAP自体から離れてしまった人もいます。2025年までに本当に乗り換えられるのか?。そして今が2019年、ここから準備しないと手遅れになるぞという話になっています。

この状況で、「業務を変革してパッケージに合わせるべきだ」と言ってもなかなか難しいのではないかということを率直に感じています。もちろんSAP側の機能もどんどん拡充していますから、20年前よりは標準機能だけで納められるようになっている範囲は増えていると思います。ただ業務側の哲学で、取引先にプロセス自体の変更を求められるかという難題があります。それならもうおたくと取引しないから、と言われるのが非常に怖いのではないでしょうか。

またアドオンをもう作らないのならばSAPの外で作るべき、という提案も本文書ではされていますけれども、SAPの外で作ったとしてもそれはアドオンと何ら意味は変わらないのではないか。

結局のところ日本企業の独自な商習慣をSAP本社に認めさせ標準機能に取り込ませる、ということができない限り結局は日本側でカスタマイズの山を作るしかないのではないか、という思いにかられたのが閉塞感の正体です。本当に日本ぽい。

業務を深く理解し、しかもSAP S/4HANAの機能も深く理解し、それでは業務側を安全にプロセス変更しできるだけSAP S/4HANAの標準機能に合わせる形でプロジェクト全体を計画。とりあえず素早く導入し、差分については追加開発しながらアジャイル的に進めていく。・・・これってめちゃくちゃ大変じゃないですか?。まずは業務とSAP S/4HANAの両方を知る人間がどれだけいるのかどうか。

さて、2025年までにどうすればいいのでしょうか。

1つは、SAP R/3自体を捨て、日本独自のERPに乗り換えてしまう方法です。どうせ業務側の再教育が必要ならばもっとわかりやすくて日本に優しいパッケージに乗り換えること。このあたりの思想から、ワークスアプリケーションズのCOMPANYが出てきて大いに売れた時期もあったと思うのですがこれもなかなか厳しいことになっていてここでは触れません。

もう1つは、SAPジャパンがSAPができるシステムエンジニアを増やそうとしています。SAPジャパンと協力していかにSAP S/4HANAにアップグレードできるかを今から画策し進めていくことです。SAP技術者さえ確保できれば、他のERPに鞍替えするよりはアップグレードするのが無難なことはわかります。この点において、SIerやIT部門はシステムエンジニアの確保に終始すればいいのですが、問題は業務側です。SAP S/4HANAが何者で、アップグレードのためにはどうマインドチェンジするかもふくめて企画しなければいけません。先行してアップグレードした企業がこの小冊子にTo Doをまとめてくれていますので大いに参考になると思います。

 

DXははるか遠くに

メディアも経産省も、2025年の崖でユーザー企業を煽るのはわかるのですが、業務部門は厳しいビジネスの場ですし、SIerも人材すら用意できない状況です。

DXが・・、というよりもっと現実に目を向けて、SAP R/3ユーザー全体をどうすれば救えるのか最適解を考える必要あり、です。アドオンの山は次に引き継げません。ではアドオンを一つ一つアウトソースし外部システム化していく・・といくらお金があっても足りない。これはホストシステムからSAP R/3に起こったことと全く同じことのようですね。当時はアドオンの山・・でした。

今後は「業務もSAP S/4HANAもわかっている人材」という縦割りでは説明できない職域の人が必要になるということになります。今からなすべきはこの人材の確保だと思われます。業務に詳しい人がITを勉強するのか。それともITに詳しい人が業務を勉強するのか。もはやこの議論が不毛になっているということになると思います。中小企業ならばもはや両方やれ、ということでかえって進めやすいのかもしれません。しかし、大企業となると、各業務で仕事のやり方は全然違うでしょうから、業務ごとにITを決めていくと全社で統合が取れない、ユニークなシステムが乱立するということにもなりかねません。

偉い人はDXと言うけれども・・・現実は・・・。その苦しみがこめられたこの小冊子を読んで、一度経産省やメディアに焚き付けられたDX脳を一度冷ましてみるのも良いかもしれません。本当の闘いはそこからだと思います。20年前に起こったERP大戦が・・再度SAP S/4HANAを舞台にして巻き起こる・・。ぜひ、良い資料ですので読んでください。またこれを機にSAPに参戦しようと思っている方はなぜ人材が必要なのか痛感できるはずです。

 

追記

誤字修正しました(SAP HANA/4 → SAP S/4HANA)。@yynhrさんよりご指摘。助かりました。