orangeitems’s diary

クラウドで働くエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

サバティカル休暇なんかいらない!と思った私の気持ちを書く

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サバティカル休暇とは何ぞ

新しいキーワードが来ましたね。

 

www3.nhk.or.jp

いま企業が、社員に3か月や半年間の長期休暇を与える「サバティカル休暇」という制度が注目され始めています。「そんなのウチの会社には無理」と、多くの人がひと事に感じるかもしれませんが、この長期休暇を導入した企業や社員を取材すると、意外な効果が生まれていることが見えてきました。

 

サバティカル休暇の理解を深めてみます。

 

jinjibu.jp

1990年代、ヨーロッパの企業で、将来を期待された優秀な人材が次々に辞めてしまうという現象が発生しました。主な原因は個々の企業の事情に起因するものより、むしろ、“仕事も大事だが、家族やその人自身の生活もまた重要だ”という、ワークライフバランス(Work Life Balance)という価値観の登場が背景にありました。当時は好景気で、労働者の立場が強かったこともあり、人材流出対策の一環として、1年以上の長期休暇を取れる制度を導入する企業が増えました。

休暇制度が充実しているフランスには、目的別の休暇(「企業の創設または再生のための休暇」、「職業教育休暇」)のほかに、使途に制限がないサバティカル休暇があります。

条件としては、
(1)そのとき勤めている企業における勤務年数が3年間以上、かつ通算の勤務年数が6年以上
(2)そのとき勤めている企業で過去6年間に長期休暇を利用していない労働者
(3)期間は6〜11ヵ月
となっています。

 

なるほど、誰でも取れているわけではなく、長期的に在籍した人に与える特典というわけですね。

 

考察

経団連の会長が「終身雇用制度の維持はもう無理」と言い放った日に、このサバティカル休暇の話を持ってくるなんて粋なことをするなあと思います。

正直、こんな話があったとして、乗っかるのは危険だと個人的に思います。

以下、個人の見解です。

この日本においてうまく暮らすためには、転職回数は少ない方がいいと思っています。この人採用してもすぐ辞めるのかな、というあの空気は否定できません。できるだけいい会社を見つけ、ここぞと決めたらできるだけ執着して在籍したほうがいいと考えています。長く在籍すると社内の関係や評価、営業上のコネクション、自分のブランドなどを築けます。業界内で有名になれれば某経営者のように数年に一度会社を移っていくのでしょうけれども、普通の正社員であれば転職は勝負の時以外はしない方がいいと思います。条件が同じようなものなら転職しないほうがいい、というのは持論です。

自分の会社にできるだけ安定的に長くいるためにはどうすればいいか。生存戦略です。これは、会社の中にあるビジネスの一部を掌握し、自分以外には効率的に動かせないと皆に信じ込ませることができるかです。そのビジネスをコントロールしているのは彼なので、彼には一定の利益を与えるべきだという社内の共感を得る。これが社内におけるブランド力です。このブランド力のない人は、リストラ対象に陥る可能性が高くなると思っています。

さてこの「サバティカル休暇」です。余裕のある会社にしか設けられなそうなこの制度ですが、私は経営者側にとって戦略的な制度だと思っています。3か月休みがあると、別の人がそのビジネスをコントロールするようになります。属人化を避けることができるようになるメリットがあります。「私が休んでも、誰かがやってくれる安心感」。これは逆に言えば、「私がいなくても会社が廻る」ということを長期在籍する社員に対して実装するシステムです。優しい言葉に見えて、かなりシビアな話です。仕事を冗長化することでその人が退職してもビジネスに影響を与えにくくなります。結果的に経営者は、経営上に潜む特定社員の退職リスクに対して備えることができるようになるということです。

3か月を手放すということは義務だけではなく権限も委譲することとなり、社内での生存戦略においてリスクが高いな・・と思った次第です。

 

せこい?

自分に自信があって3か月の間に自分をさらに磨いて市場価値を向上させよう、なかなか殊勝な概念なのですが、就職氷河期から今まで生き残ってきた本能がこれを拒否しています。手に入れた権限は放さない、自社の社員だって競争相手であり取って代わられないように注意深くしないといけない。別に3か月なんてまとめて休むんではなくて、ちょこちょこ有給休暇取ればいいかなあ。

うーん、今回、文にして思ったのですが、ずいぶん考え方が「せこい」と思います。本当の実力があればそれぐらいで首は切られないだろう?と。

でも一寸先は闇ですので、生き残るためには(コンプライアンスの範囲で)なんだってしなければいけない。そんな発想になってしまうのは年代のせいなんですかねえ。